アメリカでホームレスとアートかハンバーガー (15) ホームレスのリアル

ひとりで行かないほうがいいよ――同僚の女性がゴミを捨てに行こうとすると、上司が言った。「ゴミ捨て場には誰か住んでるから、危ない」。日本からロサンゼルスに来て間もない彼女は、まさかと冗談ぽく笑ったが、これは本当だった。

会社の裏口から出て50メートルほどのところに六畳間ほどのゴミ捨て場がある。いつ行っても小便の臭いが漂っているそこは、定期的にホームレスがゴミを漁っている。もっと、清掃用の蛇口がついているのをいいことに、それでシャワーを浴びている。

日本の家庭用物置ほどもあるゴミ箱の蓋は、プラスチック製にも関わらず重い。どんな体液がかかっているとも知れないその蓋を触りたくないために、ゴミを捨てに行く時はみなキッチンペーパーを手に巻き付けて出て蓋を開け、それごと捨てて帰ってくる。

私は決まって息を止める。素早くゴミを放ってすぐ戻る。尿の臭いは吐き気をもよおすほどだ。日本なら、このような状況に対して管理者に改善を求めるに違いないが、こちらでは不可能だろう。

1人や2人なら排除もできようが、ロサンゼルスのホームレスは6万人にも及ぶ。新潟県とほぼ同じ面積に、東京千代田区の人口にも匹敵するホームレスがいるのである。

どこかで折り合いをつけて、こういうものだと諦めるしかない。だからこそ、ホームレスは話題にもならない。日本人がもはや満員電車の話をしないのと同じで、当たり前過ぎて今さら話すことではない。

小便の臭いとて同じことである。ダウンタウンの街中でもしばしば感じるその臭いを、わざわざ口にする人はいない。しかし、ホームレスの排泄それ自体なら、お目にかかることはあまりないから、話してもいいかもしれない。彼らとて人間なので、どこか隠れてする者が大半だからだ。しかし例外はある。

バーガーチャレンジを開始した第一日目のことだ。私は未知なる挑戦に不安と期待を抱きながら、近所のマクドナルドにハンバーガーを買いに出た。その途中、大通りに面したバス停のベンチに、だぼついた緑の蛍光色のウインドブレーカーを来て、不自然なくらい大きな麦わら帽子をかぶっているホームレスが座っていた。

肌が黒いことだけはわかったが、男性か女性か判然としない。あれが私のプロジェクトの一人目になるのだと思うと、にわかに身体が強ばるのを感じた。私は一端通り過ぎて、振り返って見た。その時、やおらホームレスが立ち上がった。

のそのそと、屋根のついたバス停の裏に周った。裏と言っても、360度ある内の180度が隠れたに過ぎない。その180度もまた衆人環視の状況で、要するに裏も表もない。しかしホームレスは、おもむろにズボンを下ろした。びしゃーと、立ったまま放尿を始めた。尿の方向で、そのホームレスが女性だとわかった。

カリフォルニアは雨が降らない。前に雨が降ったのは、一月も二月も前だったりする。地面はいつも干からびている。そんなところにある水たまりは、十中八九、尿だまりである。蒸発するにつれ、成分は濃縮し、臭気を発する。

彼らの多くは酒を飲んでいるので、悪臭に拍車がかかる。だが、彼らの良識ばかりをとがめることはできない。公衆便所は全然ないし、コンビニや飲食店のトイレは、たいてい暗証番号式のロックがかかっていて、おいそれと気軽には使えないからだ。

ある男性のホームレスは、電柱の影で大便を垂れていた。別の女性ホームレスは、植え込みに隠れて用を足していた。どちらも通りからケツが丸見えだった。そのケツを、二人ともちゃんとちり紙で拭いていたのは、かのチャップリンもはだしのアイロニーを含んでいた。

ホームレスの世界はある種の極限状態で、人間の矛盾や滑稽さがむき出しになるものなのかもしれない。三十路に入ったばかりのマリッサという女性は、私のバーガーチャレンジのお願いに了承するが早いか、さっとコンパクトを取り出して化粧を始めた。

私は驚いた。ファンデーションを持っていることもだが、ホームレスという最底辺の状況に陥ってなお、少しでも綺麗に見せようとする行為は異様だった。死の床で歯磨きするくらい不毛なことに思われた。

ホームレス、ホームレス、ホームレス――いつも汚れて真っ黒で、頭はチリチリ、ずり落ちそうなズボンを片手で支えながら、顔を見ればダミ声でビールをねだってくるミゲル。なぜか陽気でいつも笑っている。

週に3回ほど時給15ドルで倉庫で働いているハーレーは、まだ二十代前半だ。若さゆえか人に頭を下げるのをよしとせず、たいていどこか気障っぽく壁にもたれて立ち、油脂で濡れそぼった長髪をクールにかき上げている。

子供用の自転車に乗り、決まってマクドナルドの前でコーヒーを飲みながらタバコをふかしているハディ。四世紀前の1637年生まれだという母親はまだ健在で、一緒に隣の州のアリゾナに住んでいるのだと真顔で言う。車で往復20時間はかかるはずだが、時空を超えられるのか、いつも近所のマクドナルドの前にいる。

彼らはみな「ホームレス」という単語でひとくくりにされる。

一説によると、彼らの3分の1はドラッグやアルコールで、もう3分の1は精神面で、残りの3分の1は経済状況が原因でホームレスになっているという。

しかし私の見立てでは、それらは複合的で、分かちがたく絡み合っている。たとえば、一番マトモな人格を持ち合わせている率が高いと思われる経済状況が原因でホームレスになってしまった人々も、非人間的な生活を強いられる内に酒量が増え、ドラッグに頼り、ついに発狂することも往々にしてあろう。

アンナ・カレーニナの法則で、幸福に至る道はワンパターンだが、不幸への道はさまざまに枝分かれしている。

レネーという還暦したばかりの女性は、会う時々によって人格が入れ替わるようだった。最初に出会った時は強気な物腰で、なんでもやってやるよと言わんばかりの男勝りな印象だったが、次に会った時には「子供ができたの」としおらしく言う。

いかにも愛おしげに赤ん坊を抱いており、私が驚いてのぞき込むと、なんのことはないただの人形である。それを私が言うと、まさに我が子を守るように身をのけぞらせ「違うわ。私のベイビー、愛おしいベイビーよ」と、人形の頭をなでるのであった。

実際妊娠している女性もいた。傍目にもお腹が大きく、臨月も遠くないと思われた。聞けば、彼女は生むのだという。どうやって育てるのかと聞くと、里子に出すのだとあっけらかんとしていた。

他方、もしも願いが叶うなら子供に会いたいという男もいた。離婚した前妻は遠くないダウンタウンに住んでいるが、新しいボーイフレンドと一緒に住んでいて、会わせてもらえないのだという。だが、苦悩の末に諦めたのだろう。新しい彼女を作って、新しい子供を作りたいと、おどけるように言った。

あるイギリスのホームレスのインタビューは、彼らの心の葛藤を如実に物語っている。

『「この生活がどれほど苦しいものか、ほかの人にはまったくわからないだろうな」と彼は語った。「ときどき、路上に坐って歩行者に金をくれとせがむだけなのに、酒を飲まないとやってられないこともある。ずっと一生懸命働いてきたのに、あまりにみっともないことさ。自分を卑下しているわけじゃないけど、何年も路上生活を続けている人っていうのは、ほんとうにすごいと思うよ。おれの何歩もさきを行ってる。いったいどうやって耐えているのか、おれにはまったく想像もつかない」』

そこで改めて思い起こされるのは、彼らは我々と同じ感情、感覚を持った人間だという、あまりにも当然な、しかし絶望的に共有されていない真理である。

ほとんどの人と顔見知りになって久しい、ロミータの集落でのことだ。夏の暑い日だった。どこから持ってきたのか、給水塔を真横に切って作ったようなプールに、水がいっぱいに張られていた。そこに老若男女のホームレスが十人ばかり集まって、頭ごとプールに突っ込んだり、水をかけ合ったりしていた。

みな子供のようにはしゃいでいた。信じられない無邪気さだった。間断なく笑い声と、水しぶきが上がった。それはカリフォルニアの陽光にはじけ、嘘っぽいくらいに光り、痛々しいほどきらめいて、この世ならぬ雰囲気を醸していた。神が人間讃歌のようなものを歌うとすれば、これがそうだろうと、私は思った。

また同じ夏のある日、バーガーキングの横の芝生に、ホームレスの女性が座っていた。周りに酒瓶や衣服などを投げ散らかしている。バーガーチャレンジを頼んだが、話が噛み合わない。拒否するわけでもなく、彼女は一方的に話し続ける。

とりとめもなくて、内容がつかめない。その間、彼女は右足をずっとスーパーのビニール袋に突っ込んでいた。妙なことをしているなとは思ったが、別段気にも留めなかった。不意にそこから足を抜いた。

足の甲に、五百円玉ほどの大きさの傷が点々として二つあった。素人目にも手の施しようもないほど化膿して、骨が見えそうだった。今すぐ救急車を呼ぶべきではないか。

しかしこのアメリカで救急車を呼ぶことのリスクを考えると、手が動かなかった。搬送だけで数百ドルはかかるし、彼女がそんな金を持っているはずもない。

結局、私はわずかばかりの金をやり、「God Bless You(神の御加護がありますように)」と祈っただけだった。

それは彼女に対してよりも、何もしなかったわけではないという、自分自身に対するエクスキューズ(言い訳)の意味合いの方が強いことはわかっていた。それでも、思う。彼女の前世とか来世とか、罪とか罰とか、とにかくは何がどうなってああなっているのか、神も仏もないものか。

ダウンタウンの外れで出会ったラリーというホームレスは言った。おれはこの生活が気に入ってるんだと。好きな時間に寝て、好きな時間に起きる。会社なんか行かなくてもいいしと、風来坊を地でゆくような男だった。

彼は掃除用具を持ち歩いていて、毎朝この辺りを清掃するそうだ。何のためかと聞くと、きれいな方がいいだろと、こともなげに言う。彼は袋にいっぱいのダークチェリーを持っていて、勧めてきた。

私は衛生面から躊躇したが、一粒だけもらって口にした。生ぬるくて、歯ごたえがなく、おいしくなかった。彼はそのチェリーを指差して、おれが好きな色はこれ、マルーンだと言った。アンケートの色環にえんじ色なんてないのだが、私は彼の意思を尊重することにした。

ホームレスの問題を自由意思の問題と考える人は少なくない。特に自己責任が声高に叫ばれる昨今、どんな理由があるにしろ、責任のとり方は「自由に選べる」というわけだ。

だとすれば、彼らは自由と引き換えにボロギレにくるまり、道路の端で眠りにつくことを選択しているらしい。誰にも縛られない、自由な生活。あるいは、うらやましいね! という人もいるかもしれない。

ジェニファーという若い女性のホームレスは、ハンバーガーを鳥のついばむように、ちょんとかじっただけだった。

「ビーガンだから、パンの部分しか食べられないのよ」と言った彼女に、反射的に私は思った。(ホームレスのくせに贅沢な!)――彼らの自由意思を露ほども尊重していない自分に気がついた時、初めてこの問題の核心を理解した。

そもそも我々は、彼らの自由意志など認めていない。自由意志を認められていない彼らは、自由なのではなく、単に放り出されているだけなのだ。犬や猫の処分に困って山に捨てにいくことを、自由にしてあげることだと考える人は、少なくとも文明国にはいないだろう。

私はよく、彼らに全財産はいくらかと聞く。5ドルとか、2ドル50セントとか、よくて30ドルなどと答える。私がいましがた渡した10ドル札の端と端を指でつまんでピンと張って見せ、10ドルだと言う者も珍しくない。つまり所持金ゼロだったというわけだ。

古今東西、無数の国や王朝が栄えては滅んだが、文明と富とが現在ほどねじ曲がっている時代もない。アメリカは言うまでもなく世界一の金持ちだ。

ふつうに考えれば、それはイコールで世界一の文明国であるはずだ。文明とは、野蛮の対義語としてある。かつて人類学者は未開の地の人々のことを野蛮人と呼んだ。

その野蛮人であるアメリカ先住民のインディアンには所有の概念がなかった。文明国からやって来たピルグリムファーザーズの子孫は、それをいいことに彼らから土地や財産を巻き上げた。

「インディアン嘘つかない」という言葉は、彼らが人を疑うことを知らず、愚直に約束を守ったことを伝えている。一方の入植者は、欺き、収奪し、虐殺した。辞書にある文明と野蛮の定義は誤植ではないだろうか。

カリフォルニアでは滅多にない、雨の日だった。ダウンタウンで一人の黒人ホームレスが、大きな透明のビニール袋を頭からすっぽりかぶり、バス停のベンチに腰掛けて微動だにしなかった。

雨粒が途切れず流れるビニール袋の中で、彼の眼は血走りながらぎょろついて、さながらパックされた死んだ魚のようだった。そのすぐそばには、ネタが新鮮だと評判の日系の寿司レストランに、雨の中、傘をさした人々が列をなしていた。

アメリカでホームレスとアートかハンバーガー 全30回(予定) *本記事で制作した作品についてONE BITE CHALLENGEシリーズ
ONE BITE CHALLENGE AFTER CORONAVIRUS (COVID-19)シリーズ
新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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  • 音声ブログ「まだ、死んでない。」

    2020年より開始。ロスのホームレスとのアートプロジェクトでYouTubeに動画をアップしたところ、知人にトークが面白いと言われたことをきっかけにスタート。その後、死ぬまで毎日更新することとし、コンテンツ自体を現代アートとして継続中。

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