ヤンキーと青春

秋祭りの「神輿」のかつぎ手が足りないらしい。

「あんた、暇だったら出んさいや」と、オランダから一時帰国中の私に、母が言う。

私の地元は、かつての新型爆弾が落とされた広島市というくくりではあるが、実態はほぼ郊外である。都市部の経済回ってる感はなく、かといって小学生のころの夏休みを思い出すほど牧歌的でもない。

日本中の郊外という郊外を金太郎飴化したイオンと、あとはコンビニとドラッグストアだけがやたら目につく、そんな町である。

その祭りのことは昔から知っている。しかし、参加したのは中学あたりが最後だった気がする。なぜ参加しなくなったのかは記憶にない。単に、仲のいい友達や、意中の人なんかもいなかったからだろう。

四十路も過ぎると逆になり、知り合いがいないからこそ参加してもいいと思える。旧交は下手にあたためて腐らせるものではない。死ぬまで冷凍しておいて、火葬場で我が身もろとも溶かすくらいがちょうどいい。

とにかくは承諾して、祭りの当日になる。神輿を担いでみると、想像以上に重い。肩に食い込んで痛い。その状態で、みんなして地元に伝わる節回しを大声で朗唱しながら、町を練り歩く。

せいぜい1時間くらい、テキトーにわっしょいわっしょいやって、あとは缶ビールでも飲んでりゃいいんだろという目論見は早々に打ち砕かれた。冗談抜きできつい。

朝の8時ごろから始まって、もはや夕暮れ。ようやく訪れたフィナーレは、町のはずれの神社の境内であった。近隣地区の神輿がふたつと、我々の神輿で、合計3基が集結した。そして「ケンカ神輿」なるものが始まった。

夫婦喧嘩に痴話喧嘩、ことの大小問わずケンカほど疲れるものはない。朝がた、いくらか私にあった好奇心も奉仕精神も完全に霧散していたが、最後の気力と愛想をふりしぼって参戦する。

と、その時、相手の神輿のてっぺんに立って威勢よく観衆を煽っている男の顔に目を奪われた。

もう何十年も会っていないが、そのイカついコワモテの顔はどう見ても栗山(仮名)であった。小・中学校の時の同級生で、地元では知られた筋金入りのヤンキーである。

かつて本気のケンカをそこここで繰り広げていたであろうあのヤンキーが、今となってはこんな「平和な」ケンカ、言ってしまえば「お遊び」に参加しているなんて。

中学生のころを思い出す。ある日、栗山(仮名)とその仲間ふたりが私の実家に予告なしにやってきたのだ。

ちょっと家に上げろと言われ狼狽した私は、「いや、マジで、ごめん。じいちゃんが寝とるけえ、うるさくできんのんよ。じゃけえ、ほんま、ごめん。マジで、無理じゃ、ごめん」と、必死でわけのわからない言い訳をしてなんとか帰ってもらったのを今でも鮮明に覚えている。

あの時分、私にとって彼は恐ろしい存在だった。それが今となっては見る影もなく、どこにでもいるオッサンになっている。小さな町の、小さな祭り。なんとも小さく収まったものだという他ない。

祭りが引けて、その後は地元の文化センターで打ち上げが催された。大きなホールを貸し切って、かるく100人以上は集まっていた。私はその明るい場所で、遠巻きに、あらためて栗山(仮名)を見た。

昔は悪かったが、今では真面目になった――ありふれた話である。なぜありふれているのかと言えば、ヤンキーは、青春、つまり若さなしには成立しないからだ。

何かのきっかけで悔い改め、賢くなって更生するなんてのは例外中の例外である。だからこそ、そういう話はドキュメント仕立てのテレビ番組なんかにされるのである。めずらしくもなんともない話が商品になるわけがない。

誰でもみな、歳をとる。それだけが唯一、絶対にどんなバカ野郎の身の上にも訪れることで、老人のヤンキーが絶無であるのはその証左である。

会も終盤に差し掛かったころ、栗山(仮名)は参加者の前に立ってスピーチを始めた。地域の代表を務めているらしい彼は、「みなさん、これからも一丸となって、この伝統の祭りが続いていくよう、地域を盛り上げていきましょう」と、高らかに締め括った。

ちょっと2、30年前は、シンナーにタバコ、カツアゲ、ケンカ、夜な夜な暴走し、いっそ地域を破壊することに血道を上げていたはずが、今では笑えるほど真逆のことを言って、やっている。

つくづく歳をとったなと思う。あいつも、私も。

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新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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2025/05/20 更新 韓国のエビフライ

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