巨乳キャラがアートになる時
日本赤十字社の献血促進キャンペーンのポスターに使用された「巨乳キャラ」が、セクハラであるとして議論が巻き起こっている。
発端は以下のツイートである。
弁護士 太田啓子(@katepanda2) 『日本赤十字社 が「宇崎ちゃんは遊びたい」×献血コラボキャンペーンということでこういうポスターを貼ってるようですが、本当に無神経だと思います。なんであえてこういうイラストなのか、もう麻痺してるんでしょうけど公共空間で環境型セクハラしてるようなものですよ』 2019年10月14日 6:00 AM ツイート
引用元:https://twitter.com/katepanda2/status/1183729350207623169?s=20
これは騒動続きだった「あいちトリエンナーレ2019」以来の世間の疑問、「何がアートなのか」を説明するのに最適なサンプルになるのではないかと思い、筆をとった。
私を含め、このポスター(以下、当該広告と表記)を見てアートだと感じる人はあまりいないだろう。私も当該広告からは、およそ芸術性を感じることができない。しかし、先の批判のおかげというべきか、これは現代アートになる可能性が高い。
まず、現代アートとしての要件を明記しておこう。おおまかには以下の3点である。
(1) 現代の状況に対する反応であること
(2) 批評性を持っていること
(3) 一定以上のクオリティがあること
一広告として設置された当初は、当該広告にあったのは(3)のみであろう。線描や色彩の構成は、少なくとも素人ではない。プロの仕事であることは確かである。
次に(1)と(2)の要件であるが、これはコンセプト次第である。現代アートはあくまでも見せ方、プレゼンテーションが大切なのだ。そこで以下、僭越ながら当該広告を現代アートとするためにタイトル及びコンセプトを用意してみることにした。
作品タイトル:
「豊満な、あまりにも豊満な」作品コンセプト:
2002年、現代美術家の村上隆氏の作品である自分の母乳で縄跳びをしている美少女(巨乳)フィギュア「HIROPON」が約5000万円で、続く2003年にはウェイトレスの格好をした等身大の美少女(巨乳)フィギュア「Miss Ko2(KoKo)」が約6800万円でクリスティーズで落札された。そのニュースに、ほとんどの日本人は首をかしげた。それがアートだとはとても思えなかったからだ。その理由として、日本ではその種のマンガやイラストが溢れていることが挙げられる。どこにでもある見慣れたものに芸術性を感じられないのは当然かもしれない。それからおよそ20年、献血のキャンペーン用ポスターに使用された「宇崎ちゃん」なる巨乳キャラが、セクハラだと批判され問題になっている。このビジュアルは素人目に見ても、村上隆氏の作品とよく似ている。もちろんこのポスターはアートではないが、人々の反応には相通じるものがある。繰り返しになるが、この種のイラストは日本ではありふれていて、日常風景でしかない。しかしこの批判によって、我々は「巨乳キャラ」を再発見したとは言えないだろうか。我々はもう、この批判以前に戻ることができない。今後この種のイラストを目にするたびに、自ずとセクハラか否かを考えさせられることになる。そこで私はこのポスターをアートとして呈示する。一連の批判を踏まえた上でこのポスターを前にする鑑賞者は、自己の中に複雑で豊かな批評精神――セクハラか否か、アートか否か、あるいは――が生じていることに気がつかざるを得ないだろうからだ。そう、これは単なる巨乳キャラのイラストではなく、現代における批評とは何かを問う象徴(アイコン)として存在するのである。
ここでいま一度改めて当該広告、否、現代アート作品を見てみよう。あなたはこんなしょうもないイラストに、どうして余計なことを色々と思わずにはいられないのではないだろうか。
もはや説明は不要だろう。これは間違いなく、(1)現代の状況に対する反応であり、我々の固定観念や感情を刺激することから(2)批評性を持っていることは明らかだ。そして(3)作品として一定以上のクオリティを持っていることは言うまでもない。これが現代アートというものなのである。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
ご支援のお願い
もし当ブログになんらかの価値を感じていただけましたら、以下のいずれかの方法でご支援いただけますと幸いです。
Amazonギフト券で支援する
→送信先 info@tomonishintaku.com
ブログ一覧
-
ブログ「むろん、どこにも行きたくない。」
2007年より開始。実体験に基づいたノンフィクション的なエッセイを執筆。アクセス数も途切れず年々微増。不定期更新。
-
英語日記ブログ「Really Diary」
2019年より開始。もともと英語の勉強のために始めたが、今ではすっかり純粋な日記。呆れるほど普通の内容なので、新宅に興味がない人は読んで一切おもしろくない。
-
音声ブログ「まだ、死んでない。」
2020年より開始。ロスのホームレスとのアートプロジェクトでYouTubeに動画をアップしたところ、知人にトークが面白いと言われたことをきっかけにスタート。その後、死ぬまで毎日更新することとし、コンテンツ自体を現代アートとして継続中。
- 前の記事
- アートは誰のお金でやればいいのか
- 次の記事
- 天皇と虹の話
関連記事
とても元気な死んだ人(放送大学の亡くなった教授の講義を聞いて)
放送大学のラジオを聞き流していると、ふっと静かになって、アナウンスが流れた。―― ...