オランダにあって日本にないもの

  2025/03/13

それは余裕である。

最近は定期的にオランダと日本を行き来しているから、なおさらそう思う。

そこらのスーパーに行って、レジに並べばわかる。

まず、店員は椅子に座っている。言うまでもなく日本では立っている。どう考えても座ってできる仕事を立ってさせるのは「合理的」でも「効率的」でもない。

一般に、合理的でも効率的でもないことをする人を「馬鹿」という。本人が好きでやっているならば「馬鹿なやつ」で済むかもしれないが、上が下に馬鹿なことを強要するのは「嫌がらせ」である。

さて、しばしばレジの人は席を外している。なかなか来ない。しかし、ひたすら待つ他ない。

ようやくで姿を見せても、日本のように慌てて走ってきたりしない。ゆっくり歩いてくる。そしてゆったりレジに着席し、にっこり微笑んで「こんにちは」と言う。

その態度たるや、日本ならキレる客もあろうと思うが、しかし、オランダではそんな輩を今の今までただの一人も見たことがない。むしろ、客も客で笑顔になって挨拶を交わす。

奇跡的に、死ぬほど穏やかな人間ふたりが遭遇したわけではない。十中八九、もっと、みんながみんなそうなのである。

夕方など、繁忙時の会計は列をなす。しかし、レジの人はあくまでもマイペースで、急いで処理しなければという強迫的な雰囲気は微塵もない。

このレジの人が、たまたま「空気の読めない使えない人間」だったというのではない。これまた、みんなそうなのである。

にも関わらず、誰ひとりイライラしていない。

支払いにまごついている老人がいようが、めんどくさい質問をくりだす人がいようが、袋詰めにもたついている人がいようが、ただみな穏やかに見守っている。

日本で感じるような、いかにも「早くしろ」という、背後から刺されかねない殺気がない。

むしろ、日本人から見れば、よほどいいことでもあったのかと思うような微笑を浮かべている人さえいる。

なぜこれほど違うのか。労働環境や福祉、家族形態など、日本との差異を挙げればそれなりの理由にはなるだろう。

あるいは、日本人には想像もつかない次元でオランダが恵まれているだけなのかもしれない。

そう、日本の状況は深刻で、物価も賃金も税金も少子高齢化も経済停滞も何もかも圧倒的に厳しいのだ。日々の生活に必死で、余裕など持てるわけがないと。

しかし、思う。もし仮に、日本が完全にオランダと同じ状態になったとしても、相も変わらず日本人は余裕なくイラつき意味もなく生き急いでいるのではないか。

逆にオランダが日本の状態になったとしたら、きっとオランダ人は相変わらず馬鹿みたいに穏やかで平和にやっているに違いないと思える。

当たり前の話、まったく問題のない国などあり得ない。全国民が満足する完璧な国など古今東西あった試しがなく、これからも永遠に存在しない。

そう考えると話は単純で、「人は楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しくなる」ということでしかないのかもしれない。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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