アメリカでホームレスとアートかハンバーガー (4) ホームありの母親とホームレスの娘

歩道が数百メートルに渡りホームレスのテントに占拠されていた。それは祭りの露天に似て、非日常的なギラついた雰囲気があった。私は日曜礼拝のために教会に行く途中だった。数年前にシンガポールで洗礼を受けてクリスチャンになって以来、たいてい日曜日はどこかの教会を訪れる。アメリカの建国は清教徒の一団の到着から始まっただけあって、教会は日本でいうコンビニくらいどこにでもある。私は見聞を広めるのも兼ねて、毎週ランダムに近隣の教会を回っていた。

グーグルで「catholic church」と打ち込もうとすると、途中で自動的に「catholic church near me」と検索候補が上がってくる。その日はロミータという場所にある教会に行くことした。自転車にまたがり、スマホでグーグルマップの目的地をセットし、音声案内をオンにする。自宅からは約5キロで、20分もかからない。

夏は近い。16時を回っているが、空が高く、異常に青い。日本にいた頃は、枯れた大人のご多分に漏れず空を見上げることもなく、ましてや空について何か言いたくなることなどまずなかったが、カリフォルニアの空は違う。幼い日の記憶くらい空が青く、美しいのだ。

途中、なだらかな上り坂が続く。マウンテンバイクのギアを変えてシャカシャカこぎ続ける。下り坂に転ずると、慣性に任せて駆け下りる。不意に視界が開ける。左手にホームレスの集落が広がっていた。すでに通勤圏内の近隣のホームレスはほとんど開拓していて枯渇気味だったから、私にはいっそ金鉱に見えた。テンションが上がったが、その日はバーガーチャレンジをするつもりはなくカメラも何の用意もなかったので日を改めることにした。

以降、戸口調査を行う市の職員よろしく、居並ぶテントに片っ端から声をかけて回った。外に出てぼんやり座っていたり、自転車の手入れをしていたりする人もいるが、寝ている人も少なくない。テントや段ボール、あるいは衣服やゴミが複雑に入り組んだその隙間から、あくまで遠目に中の様子を伺う。真っ昼間でも深い影になっていて、地球の裏側の夜が侵食しているかのように暗い。

人影を認めると、ハローと声をかける。ハロー! ハロー! 徐々に声を張り上げて、寝ているのを起こそうと試みる。しかし起きてくることはまずない。私の感覚値では、半数のホームレスは昼間から酒を飲んでいる。酒を飲むと眠りが浅くなるという一般論に反して、彼らの眠りは深い。ある時など、バス停のベンチで眠りこけているホームレスの耳元で相当にしつこく呼びかけたことがあるが、ついに起きることはなかった。いや、死んではいなかったと思う。

それはともかく、この集落のおかげでプロジェクトは一気に加速した。ここに来れば、ホームレスがホームレスを紹介してくれたり、私の噂を聞きつけた人が「ハンバーガー食わせてくれ」と言ってきたりと、もはやホームレスを探す必要がなくなった。

そこで私はちょっと知られた人物になって、「バーガーマン」と呼ばれることも度々であった。果てはバーガーチャレンジを希望する人は列をなした。とても一度ではさばき切れず、次は来週の何時頃に来るからと約束して帰ることもしばしばだった。しかし、そう言って約束した人が、ちゃんと約束の日時に現れることはただの一度もなかった。一週間と空けず翌日の同じ時間だとしても、やはり同じことだった。

ある日、グレースという白人女性に出会った。いかにもアメリカ人という整った歯並びの笑顔で、黒のタンクトップに小洒落たネックレスをつけていた。パッと見はとてもホームレスには見えない。屋外で生活を続けている人に特徴的な赤黒い日の焼け方ではなく、健康的な小麦色で、額にうすく数条のシワが浮かび始めているのを除けば、48歳という年齢を感じさせない容姿を保っていた。

しかも肩を組んで写真を撮る際、シャンプーのいい匂いがしたのには驚かされた。すぐそばに自由に水が使えるところがあり(一個人企業の外にある蛇口を勝手に使っているだけだが)、シャワーを浴びるのも難しくないらしい。さすがにお湯までは望むべくもないが、その時もシャワーを浴びてきたばかりのようで、まだ髪が濡れていた。

ホームレスになって4年が経つというが、どうして不幸な感じはない、屈託がなく、聞き取りやすいネイティブの英語で簡潔に筋道立てて話してくれる。前はウェイトレスをしていたというが、この気立てならさぞやチップを稼げたろう。離婚して住む場所を失ったのがきっかけでホームレスになったそうだ。かつての夫はどうしているのかと聞くと、再婚してアリゾナで暮らしているらしい。

連絡を取ろうと思えば取れるらしいが、「あっちはあっちの生活があるでしょ」という。それはそうだが、いくら別れたとはいえ、かつての妻がホームレスになっても平気で暮らせる神経とはなんだろうか。あるいは、自分がホームレスになってしまうとすれば恥も外聞もかなぐり捨てて、誰彼構わず助けを乞うのが普通だと思うが、どうだろう。

翌週、私は再びロミータの集落を訪れた。この日はまだ足を踏み入れたことのない集落の奥にまで足を伸ばした。潰れた個人企業の裏にある駐車場で、ゆうに30台は停められるだろう敷地が広がっている。校門のように頑丈な作りのゲートが開きっぱなしになっていて、そこから自転車で入る。集まって話していた数人のホームレスが、ギロリと音がするような警戒した視線を投げかけてくる。法的には不法占拠であるが、ここが彼らの「家」には違いない。そこに土足で入り込んできた見慣れぬ東洋人となれば、怪しむのも当然だろう。

「Hi!」若干の怖じ気を感じていたところに、先日のグレースが現れた。私はホッとして挨拶をする。聞けばゲートを抜けてすぐ横にあるのが彼女のテントらしい。そこには楽しいキャンプの昼下がりといった様子でテーブルとイスが数脚しつらえられていた。テーブル上にはスナック菓子やジュース、そしてパイナップルが丸ごと一個、場にそぐわない洒落た切り方で中がくり抜かれ、食べかけの状態で立っている。その横にはランタンではなくテトラポッドのようなコンクリートの土台に立つ公共の街頭が高くそびえ立つ。そこにくくりつけられた青いヒモの先には犬が一匹、テントの中に潜り込んで寝そべっている。

テントはヒラリーというまともなアウトドアブランド製で、開け放たれた入口からベッドや小さなテーブルが見える。ロング缶のビールが立っているのはご愛嬌だが、およそホームレスらしくもないちゃんとした女性の部屋になっていて、案外快適そうに見える。周囲には日差しを遮るためブルーシートが横断幕のように張られており、辺りは一面青い。どうかすれば水族館か、雰囲気のあるバーに来た感じがしなくもない。私はうながされるまま外の椅子に腰掛ける(と言ってもどこも外だが)。

ホームレスの「家」にお邪魔したことなどなかったので、もの珍しく辺りを見回す。そこここに似たようなたたずまいでテントが張られている。こうしてホームレスの住処を外からではなく中から眺めてみると、どうして悲壮感がなかった。為すすべを失くした、かわいそうで憐れな社会的弱者――ふつうホームレスにあるステレオタイプとは、少し違う気がした。少なくともホームレスの生活はネガティブな「だけ」ではないように思われた。

あれこれ考えている私の横で、グレースはおもむろに歯を磨きだす。ホームレスでも歯を磨く人もいるのかと、変に感心する。落ち着いてから、今日も二人ほどホームレスの人が必要なんだけど誰かいないかと尋ねる。すると彼女は手を叩き、私のお母さんが来ているから頼んでみようという。待っててというので、おとなしく待つ。

間もなく腕も足もボンレスハムの詰め合わせのような体格の白人女性がやってきた。グレースの赤っぽい髪色と違って完全なブロンドで、大きなサングラスをかけている。しかし目鼻立ちは親子というだけあって似ている。私は立ち上がり、はじめましてと握手を求める。さっそく私はバーガーチャレンジの概要を説明する。彼女は「おかしなことするのね」と笑って了解してくれた。

まずアンケートを記入してもらう。「K・R・I・S・T・I・N・E、で合ってる?」「ええ、私はクリスティン。kristine Cautaよ」グレースのフルネームは「Grace Kelly」だからラストネームも違うが、結婚や離婚を経れば当然かもしれない。

それよりも、クリスティンは65歳で、グレースは48歳。つまり16、7歳の時に生んだことを考えると、思わず生育環境の何たるかについて考えてしまう。クリスティンがグレースを生んだ1970年代初頭と言えば、1960年代後半に起こったヒッピームーブメントの影響が色濃く自由が声高に叫ばれた時代ではあったかもしれない。しかし古今東西、常に保守的な世論が大衆の価値観として揺るぎなく存在したに違いなく、高校生かそこらでの出産がおいそれと歓迎されたとは思えない。

ハンバーガーをかじってもらい、私もかじる。肩を組んで撮影するが、肩幅のボリュームがすごい。撮影を終えて、先ほどの椅子に戻り日時の記入など残作業を行う。クリスティンとグレースも席につく。ひとつテーブルを囲むと、自然と一体感が生まれるから不思議だ。私はくつろいだ気持ちになって口を開く。

「クリスティンはどこに住んでるの?」
「カーソンのあたりよ」ここから車で十分くらいの距離で、そう遠くない。しかし、なぜわざわざ別々に暮らしているのだろう。
「なぜ一緒に暮らさないんですか?」
「母さんは私の弟と一緒に暮らしているの」グレースが答える。
「なるほど。じゃあ、弟さんもホームレスなの?」
「いいえ。弟は教師をやっていて、私とは違うわ」グレースの言葉に、その通りと言った風で母親のクリスティンがうなづく。
「え? ホームレスじゃないの?」私は驚いて聞き返す。ホームレスの人間関係はホームレス内で閉じられているものとばかり思っていたからだ。

「そうよ。彼はけっこう優秀みたい」ホームレスではない弟と暮らしているということは、つまり、この母親はホームレスではない。
「今日は娘の様子を見にきたのよ」そう言ってクリスティンは、娘と同じまぶしいくらい整った歯並びでにっこりと笑う。ちょっと一人暮らしをしている娘の家に遊びに来たような物言いだが、いやいやお母さん、あなたの娘はホームレスで路上生活者なんですよと心の底から疑問が突き上げてくる。
「ちょっと待ってください。私の英語のスキルはあまり高くないから、確認させてください。まず、弟さんはホームレスではないんですか?」
「そうよ」
「そして、お母さんのクリスティンは弟さんと一緒に暮らしている、合ってますか?」
「今日もそこから車で来たのよ」そう言って、彼女は自分の車を指さす。Fordの普通自動車が停まっている。

「だけれども、グレースはホームレス、なんですね?」
彼女らは、何をそんな当たり前のことを必死に聞いているんだという感じで同意する。
「だったら、なぜ弟さんはグレースを助けないんですか?」
「あら、そんなの無理よ。彼には家庭があるわ。お母さんだけでも大変よ」
いくら大変と言っても、仮にグレースを家に住まわせたとて、まさか乞食になるわけでもあるまい。一方のグレースは文字通り乞食になっているのだ。
「じゃあ、母として、クリスティンさんは娘を助けようとは思わないんですか?」
「思わないわけじゃないけど」クリスティンがそう言い淀むと、「私はいいの。ここだって悪くないし」グレースが母をかばうように言った。

私には彼女らの関係性がまったく理解できなかった。もちろん、世の中には親子といえども殺し合わんばかりに憎み合う人もあるのは知っている。しかし少なくとも彼女らの場合は、親子関係は悪くないように見える。仮に弟との間に確執があったとして、それは実の姉が、実の娘が、ホームレスになっても放っておけるほどのものなのだろうか。

「弟さんとは仲がよくないんですか?」
「そうでもないわ。彼も時々来てくれるわよ。この前なんかビールを持ってきてくれたのよ」
たぶん日本人なら誰でも頭を抱えてしまうだろう答えだった。私の理解の範疇を完全に超えていた。

前に、日本のホームレスに関するルポを読んだことがある。彼らがしばしば口にするのは「人に迷惑をかけたくない」ということだった。だから家族はもちろん、行政にも頼らず、すべて自分で抱え込み、ホームレスという状況を甘んじて受け入れる。彼らは言う。「自分が悪い」し、「自分のせい」なのだと。それは日本人にとって理解しやすい理屈である。もっと、自己責任論の信奉者なら、自業自得とばかりに鼻で笑う人もあろう。

しかし、彼らはどうもそれとはまったく別の理論でもって、この現状を受け入れているらしかった。日本人の場合、親子や家族の間柄は一心同体に近いものがある。ある家が犯罪者を出した場合、個人ではなく家単位で扱われるのがそのいい例だ。だから、自分の家からホームレスの人間を出すなどおよそ耐えられない一家の恥となる。だから、是が非でも親は子を、子は親を救おうとする。あるいは、家族共倒れでホームレスになる。あるいは心中もあり得よう。

言うまでもなく、アメリカにそんな論理はない。いみじくもアメリカの人類学者ルース・ベネディクトが述べたように、日本は「恥の文化」で、西洋は「罪の文化」なのだ。彼女はこう述べている。『アメリカ合衆国が全面的な戦争においてこれまで戦った敵の中で、日本人ほど不可解な国民はなかった~中略~行動と思考の習慣がこれほどいちじるしく異なっていた例はない』これはその逆も成り立ってしかるべきものだ。すなわち、「日本人にとってアメリカ人ほど不可解な国民はない」。

いずれにしろ、私には理解の及ばない価値観でもって、彼女らはそれぞれ現状を受け入れていることだけは確かだ。それはアメリカ人のもっとも大切にするといわれる「independent」の精神、つまり独立と自助の精神によるのかもしれない。むろん、アメリカ人とて、親子の愛情に日本人と変わりはないだろう。しかしその表現は大いに異なる。日本人の親の子への愛情は無償で無限、寿命の果つるまで続くものだが、彼らは有限なのではなかろうか。事実、成人して独立したあとの親と子の関わりは、日本に比べれば相当にドライだと言われる。そうとでも考えなければ、彼らの状況を理解することができない。

結局、あれこれ話したものの、私の納得できる回答を引き出すことはできなかった。私たちの会話の途中で現れた別のホームレスに、もう一つ残っていたバーガーチャレンジをお願いして、私は家路についた。

自宅に戻ると、かじったハンバーガーをさまざまな角度から撮影し、絵画作品の下絵に用いる写真として保存する。撮影後のハンバーガーはさすがに食べられないのでそのまま捨てる。アンケートをスキャナーにかけ、記入された名前、年齢、性別、好きな色を、エクセルファイルにデータ入力する。

クリスティンは82人目だった。だが、私は悩んだ。このプロジェクトは、あくまでも「ホームレス」と行うアートプロジェクトなのだ。もし彼女もそこに加えれば、私は嘘をつくことになる。彼女はホームレスではない。しかし、ハンバーガーの5ドルちょっとと、謝礼の10ドルの合計15ドルが無駄になる。私にはなんの資金援助があるわけでもない。一から十まで完全に自腹で、100人のホームレスを得るためには最低1500ドルかかるのだ。余計な出費は抑えたいのが本音である。

いやらしい話、彼女が本当にホームレスかどうかなんて、黙っていれば誰も知らない、わからない。それで、このままプロジェクトの一人に加えてしまおうと思った。しかし、その事実は、他でもない私自身が知っている。普段、Webデザイナーという賃労働においてはいくらでもごまかしや嘘をついて平気でいる私だが、人生をかけ、命をかけてやっているアートでまで嘘をつけば、私は嘘で固められた人間になってしまう。

彼女をリストから外した。クリスティンの後に行ったアレクシスという女性のアンケートにすでに書き入れていたナンバーの「83」の「3」を、私はボールペンでぐりぐりと「2」に書き換えた。

アメリカでホームレスとアートかハンバーガー 全30回(予定) *本記事で制作した作品についてONE BITE CHALLENGEシリーズ
ONE BITE CHALLENGE AFTER CORONAVIRUS (COVID-19)シリーズ
新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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