インスタレーション/立体作品

2016

コンビニ弁当の山-Time is money.

  • コンビニ弁当の山-Time is money
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  • コンビニ弁当の山-Time is money

2016年、絵画部分:パネルにアクリル、時計ムーブメント、時計針、単三電池 / 各30×30(cm) 全80点、サイズ可変、音声部分:パワーアンプ、ラウドスピーカー×4台、MP3プレーヤー
※インスタレーションでの使用楽曲「register dream」 視聴はこちら(soundcloud) 楽曲制作 © Hitoshi Koide 詳細を見る

コンビニ弁当の山-Time is money. のコンセプト

コンビニ弁当は賞味期限を過ぎればゴミになる。たった1秒でも、である。言うまでもなく、食べ物はある一瞬間に腐って即有害となるわけではない。つまり、これは衛生の問題ではなく、経済の問題なのである。
たとえば、1秒後にはゴミとして捨てるものでも、しかし1秒前まではれっきとした商品であり資産ですらある。あるいは1秒後にはゴミとなり捨てられるものを、我々はその1秒前に金を払って買うのである。――Time is money. 時は金なりや。

コンビニ弁当の山@CCC

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  • コンビニ弁当の山@CCC

2016年、絵画部分:パネルにモンバル紙、水彩、260×486(cm)
アルミカップ部分:底面にミラーシートを貼付したアルミカップ・中敷き用の透明プラカップ各約2000個、日本酒、食品添加物流動パラフィン、防腐剤、サイズ可変、賽銭部分:1円硬貨、5円硬貨、10円硬貨、50円硬貨、100円硬貨、500円硬貨、合計約2000枚、サイズ可変、音声部分:パワーアンプ、ラウドスピーカー4台、MP3プレーヤー
※インスタレーションでの使用楽曲「shinra」 視聴はこちら(soundcloud) 楽曲制作 © Hitoshi Koide 詳細を見る

コンビニ弁当の山@CCCのコンセプト

全国津々浦々のコンビニで日々大量に廃棄される弁当は51万食分、金額にして2億5500万円にも達する。このコンビニ弁当を積み上げ、山として描いた作品が「コンビニ弁当の山」である。それは、米一粒にも神を見出す日本人の宗教観を踏まえれば、霊山と呼べるのではないだろうか。白米をはじめ、唐揚げ、卵焼き、スパゲッティ、漬け物など、そのひとつひとつに神がいる。つまり八百万の神がいる山となれば、それこそ霊山に他ならない。以上のような発想から、「コンビニ弁当の山」を信仰対象として、「鏡」、「酒」、「音楽」を用いて、ひとつのあり得べき宗教的儀式として構成する。

シンタク3分ペインティング

  • 奥村直樹ノ友達展「シンタク3分ペインティング」@DESK/okumuraの展示風景
  • 奥村直樹ノ友達展「シンタク3分ペインティング」@DESK/okumuraの展示風景
  • 奥村直樹ノ友達展「シンタク3分ペインティング」@DESK/okumuraの展示風景

2016年、キャンバスにアクリル、生米、梅干し、味付け海苔、チューブ入りアクリル絵具、鉛筆、A4コピー用紙を貼付したスチレンボード、H120×W60×D20cm サイズ可変"
シンタク3分ペインティングのレシピPDFファイルダウンロード(PDF/148KB)

シンタク3分ペインティング@DESK/okumuraのコンセプト

「ジョセフ・コスース」と「キューピー3分クッキング」を掛け合わせ、パロディの意味も含めて再構成した作品である。
ジョセフ・コスースの最も有名な作品に、「椅子、その椅子の写真、辞書の椅子の項目」の3つを並置した『1つおよび3つの椅子』という作品がある。これは、3つの椅子を提示すると同時に、モノの概念(視覚化できないもの)として1つの椅子を表現しようとしたものである。
また、キューピー3分クッキングは、「3分でできるくらい簡単な料理レシピ」(実際の放送時間は10分間)を紹介する日本の長寿番組である。
本作では、以上の二つをベースに、「絵画、絵画制作の使用素材、絵画制作方法(料理レシピ)」を提示することにより、それぞれが絵画であるということを提示する。つまり、『1つおよび3つの絵画』を表現したものである。
2016年1月、東京・東日本橋のアーティストランスペース「DESK/okumura」にて開催された奥村直樹ノ友達展への出品作品。

2015

カップヌードルの滝@HAGISO

  • View of The Streams of Cup noodles
  • View of The Streams of Cup noodles
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2015年、各絵画部分:和紙(白峰)、水彩、カップヌードルのバーコードを印刷した透明テープ、掛け軸用八双・軸棒、550×30(cm)、550×70(cm)、550×100(cm)、割り箸部分:約5万膳、アクリル、木工用ニス、マグネットシート、スチールシート、カップヌードルの空殻、サイズ可変、音声部分:MP3プレーヤー、ヘッドホン
音声ファイルダウンロード(mp3/10.5MB) 詳細を見る

カップヌードルの滝@HAGISOのコンセプト

Are you hungry?
そんなキャッチフレーズでカップヌードルのCMが流れたのは1992年のことである。
いまから23年前で、私は10歳だった。原始人がマンモスに追いかけられているというコミカルなCMを面白がりこそすれ、その英語の意味するところは知らなかったし、わからなかった。
それから23年が経ち、Are you hungry? はいわずもがな、いろいろとわけがわかった私は「カップヌードルの滝」という個展を開くことになった。
内容は、吹き抜けの天井から、カップヌードルをまさに滝のように描いた5m超の絵巻物状の絵を吊るし、床面には割り箸を5万膳ほど敷き詰める。その中に立ち、ズルズルとカップヌードルをすする音がエンドレスで流れるヘッドホンをつけて、カップヌードルの滝を見上げるのだ。
それは、Are you hungry? に対するひとつの答えのような気がする。
あの日、あの頃、「腹減ってる?」と問いかけるCMを見ることのできる人々の中には、ほんとうに腹が減っている人なんてただの一人もいなかったのではないか。しかし、それでも、カップヌードルは消費され続け、世界80カ国で愛されて300億食を突破したという。500億食、1000億食も時間の問題だろう。そのとき、世界は豊かに満ち足りているだろうか。

カップヌードルの人 #44-01

  • 2015年 カップヌードルの空殻、スチレンボード、モンバル紙、水彩、スピーカー内蔵MP3プレーヤー H10.7×W9.5×D9.5cm

  • カップヌードルの人 #44-01 画像1 カップヌードルの人 #44-01 画像2 カップヌードルの人 #44-01 画像3 カップヌードルの人 #44-01 画像4

牛丼の人 #116-01

  • 2015年 吉野家の丼、スチレンボード、モンバル紙、水彩、スピーカー内蔵MP3プレーヤー H8.5×1W4.4×D14.4cm個人蔵

  • 牛丼の人 #116-01 画像1 牛丼の人 #116-01 画像2 牛丼の人 #116-01 画像3 牛丼の人 #116-01 画像4

牛丼の人/カップヌードルの人シリーズのコンセプト

牛丼やカップヌードルは、往々にして作業的に惰性的に食べられる。食べることは生きることでもなんでもなく、なんとなく、とりあえず、食べられる。たとえば携帯片手に、たとえばテレビを見ながら、おいしいのかまずいのか、そもそもそれは何なのか、ほとんど正体不明になりながら、とにかくは口に運ばれ胃袋に落ちてゆく。そこに積極的な食べる意味や意義を見出すことは難しい。
本シリーズは、そのように食べられる牛丼/カップヌードルを、なおいっそう徹底して無味乾燥化させ、現代人にとっての食べる行為の本質をあぶり出そうとする試みである。実際の陶器や容器に、牛丼/カップヌードルの絵(概念)をはめこみ、そこから延々と咀嚼し嚥下する音声を流す。そうすることにより、空腹も満腹も、感情も感慨もなく、目的も意味も失いながら、とにかくは延々と食べ続ける”誰か”が立ち上がってくる。それは我々自身だともいえる、牛丼の人/カップヌードルの人である。

2014

牛丼の滝 #115-05 installation ver1.0

《牛丼の滝 #115-05 installation ver1.0》2014年 パネルにモンバル紙、水彩、プロジェクター、DVDプレーヤー、アンプ、スピーカー2台 162×336cm 詳細を見る

牛丼の滝 installation ver.のコンセプト

以下の牛丼の滝シリーズをもとにしたインスタレーションである。
”早くて安くて旨いというコンセプトで、サッと出てきて、チャチャッと食べる。惰性的に、作業的に、あるいは単なる熱量、カロリーとして食べる。
それは、味わうものではなく流し込まれると言ってもいいような食文化であり、そこには本来の「食べること=生きること」というような生命観、あるいは倫理観は微塵もない。
現代日本をはじめ、飽食の先進国においては至極普通のことであるが、立ち止まってよくよく考えてみると、どこかそら恐ろしい感じがしやしないだろうか。
そのような危惧と問題提起を、日本の代表的なファーストフードである牛丼に象徴させて、大衆の胃袋に無秩序に際限なく落ちていくイメージを、牛丼を落下させ”牛丼の滝”のような構成にすることで表現している。”
牛丼の滝の絵画をスクリーンとして、倍速に編集した牛丼を食べている映像をプロジェクターで投影する。また、咀嚼音と嚥下音をミックスした音声をエンドレスで流す。そうすることにより、静止した瞬間である絵画に時間性を与えると同時に、絵画におけるイリュージョンの多層化・複雑化を図る。また、プロジェクターによる投影は、いわば絵画を光で塗りつぶす行為ともいえ、伝統的な絵画というメディアを乗り越えていこうとする試みでもある。

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