自殺の研究 (アルフレド・アルヴァレズ (著), 早乙女忠 (著)/新潮社)

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自殺はいい。下手なSFなんかよりも、よほど非日常の世界に浸らせてくれる。そう、どうでもいいくせに、やたらしんどい日常を忘れさせてくれる。

大学のころ、私はこの著者同様、大量の睡眠薬を飲んで自殺を試みた。言うまでもなく未遂に終わって、今、こうしているわけだが、あれは私にとって何よりの財産だと思っている。いや本当、真面目な話。

あの夜、私はウォッカのボトルをストレートで半分くらい空けて、街中の薬局を回って集めに集めた睡眠薬を大量に飲んだ。それは一世を風靡した「自殺マニュアル」に書かれていた通りの方法だった。

その直接の原因は、いま考えれば単なる失恋である。しかし、その実行に移した時には、そのくだらない原因は雲散霧消して、もっと、崇高な理由に置き換わっていた。自分の中では。

しっかり遺書も書いた。いま読み返したなら、それこそ死んでしまいたくなるような稚拙な内容だ。しかしそれでも、とにもかくにも本気だった。

自殺を決意して、準備して、実行した。これ以上の本気はない。

しかし翌朝、普通に目が覚めた。いや、もしかすると普通ではなかったのかもしれない。なぜなら、長らく陰鬱な思考に支配され、口を開けばネガティブな言葉しか発しなかった私が、その日を境に180度性格が変わったからだ。

今の時代、自殺なんて珍しくもなんともない。深刻ぶって話したところで、「単なる未遂だろ」と笑われるのがオチだろう。しかしそれでも、あれは確かに私の人生を大きく、あるいは完全に変えた。

今でも自殺のことを考える。しかし、あの時のような、実行に移すエネルギーが足りない。もっと、深く考えずに死ぬことができそうもない。

あの日の出来事を丁寧に思い返すと、どうして、まず恐怖が先に立つ。(なぜあんなことができたのだろうか?)と、我ながら思う。

若かったと言えばそれまでだろう。誰だったか、「考えすぎた者は死ねない」なんて言っていて、だとすれば、昔は思慮が浅く、今はそれなりに深くなった、そういうことかもしれない。

でもひとつ、今でもずっと変わらないのは、自殺が自分にとって魅力的であるということだ。

暇さえあれば、自殺のことを考えている。

グレゴリー・ジルブーグは、「自殺という原始的な行為によって実現されるのは、空想された永生にすぎず、自殺者は現実的な生ではなく、ただの幻想によって快楽主義的な理想をたえず夢みるだけのことである」と書いている。

死が偶発的、公共的でなくなったのは、比較的最近のことである。帝政ローマでは、この偶発性は狂気の域にまで達し、群集は死を娯楽として歓迎した。一ヵ月のうちに、三万人の奴隷や捕虜が、剣技の見世物で死んだという説を、典拠あるものとしてダンが紹介している。むかし一人五ムナー(約百二十ポンド)で公衆の娯楽のために生命を売った人たちがおり、その金は相続人に支払われた、とフレイザーは伝えている。しかもこの売買とて競争がはげしく、殺される者は打首よりも撲殺をねがった。その方が死の訪れが緩慢で、苦しく、興行価値が高かったからだという。

なによりもわたしは失望した。死がわたしを裏切ったような気味があった。死にたいして、もっと期待していたのだ。混沌をあざやかに整理する、人に有無をいわせない経験であると思っていた。だがそれは経験を否定する以外の何ものでもなかった。死に関して知ったことは、あのあとでみたおそろしい夢だけである。長く青春と訣別できなかったことが、いまいましいと思う。若者はいつも期待ばかりしていて、解決が遅く不完全なものは我慢できず、手際のいい、さっぱりした結論を求めるのである。わたしはひそかに死を、ヒッチコック製作のあるスリラーの最後の場面のようなものだと考えていた。

     

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