沖縄女生徒の記録 生贄の島 (曽野 綾子/文藝春秋)

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いわゆるグロ描写の連続で、苦手な人は読むのも辛いだろう。

しかし、これは確かに人間の偽らざる一面であって――本書は小説であり、決してリアルではないという意見も見かけたが、しかし、しばしばフィクションは現実よりも雄弁である――ここから目を逸らすことは、人間として生まれた以上許されないだろうとも思う。

少なくとも、著者の数年にわたる緻密な取材にもとづいたさまざまな立場の人々のストーリーを、ひとつのシームレスなストーリーとして組み立て、これほど重く忘れがたい印象を残すというのは、並大抵の力量ではない。

美代子は体も大きかったので、切断した手脚を軍医が「おい!」と渡すのを、「はい!」とカンパン箱に受けて捨てに行く役目をしていた。特に辛かったのは、昼夜をわかたず行われる手術の蠟燭もちだった。手術室の明かりは蝋燭だけがたよりである。両手の指の間に八本の蝋燭をはさみ、そこから蝋が垂れないよう、しかも医者の手暗がりにならないように動き廻らねばならなかった。彼女たちは時々、激しい睡魔に襲われた。すると蝋燭はたちまちこの状態を「ローソク踊り」のようにうつし出し、軍医は彼女たちの脚を蹴っとばしたり、肘を突いたりした。

「ここはもうだめだから、出て行け。これは命令だ」
彼は言った。和子はその言葉から、彼は死を決定しているのだな、と思った。「第一外科の山里幸子も海岸へ下りていた。小銃弾の音が時々するだけで、あたりはひっそりしていた。波の音も鮮かであった。幸子はふと沖縄中が死に絶えて自分が一人になったのではないかという想念にとらえられた。その時、阿檀の繁みから、一人のもんぺをはいた中年の女が出て来た。二人は一瞬のうちに、会ったことを喜び、親子の誓いをした。幸子はそうすることを少しも不自然だとは思わなかった。

生きようとする執着のある者が生きるという説もある。弾に恐怖する者が案外死なぬともいう。しかしそれは公式ではない。誰が生きて誰が死んだか、を思う時、そこには何の必然も因果関係も見当らない。努力すれば志を遂げられるという信念が、いかに甘いものであるかを知る。正しきものだけが残ったのでもない。生き死には、問答無用であった。有能な兵隊も死に無能な兵隊も死んだ。生き抜こうと決意した者は助からず、どうでもいいと投げ出した者が生きた。道を左へとった人間が生き、右へとった者が死んだ。かくまで完全な個性の無視が行われた舞台はなかった。それ故に戦争は理不尽であり、それ故に人間は謙虚にならざるを得なかった。生死はまさに、一人一人が頭上につけられて生まれて来た、目に見えない「運命の星」の故であろうと思う他はなかった。

     

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