映画を早送りで観る人たち~ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形~ (稲田 豊史/光文社)

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まず、1982年生まれの中年男性としては、本書を「ばかじゃねえの? 作品なめてんのかよ」という反感とともに手にとった。が、しかし結論、これはリアルな必要に迫られた処世術であることを認めざるをえない。

必要は発明の母とはよく言ったものだ。なんと言っても、今の若者には金がない。余裕もない。そして時間もない。だからこそ、その根底にあるのは「損したくない」という強い気持ちというか、いっそ強迫観念である。

老婆心ながら思うのは、それで彼ら/彼女らは幸せになれるのだろうかということ。むろん、早送りしようがしまいが、幸せになること(人生に満足すること)が、あまりにも難しい時代なのかもしれない。

大学生の彼らは趣味や娯楽について、てっとり早く、短時間で、「何かをモノにしたい」「何かのエキスパートになりたい」と思っている。彼らはオタクに〝憧れている〟のだそうだ。ところが、彼らは回り道を嫌う。膨大な時間を費やして何百本、何千本もの作品を観て、読んで、たくさんのハズレを掴まされて、そのなかで鑑賞力が磨かれ、博識になり、やがて生涯の傑作に出会い、かつその分野のエキスパートになる――というプロセスを、決して踏みたがらない。

他人に干渉しない。すなわち批判もダメ出しもしないし、されることもない。これは一見して「他者」を尊重しているように見えるが、そこには「自分と異なる価値観に触れて理解に努める」という行動が欠けている。単に関わり合いを避けているだけだ。それゆえに、自分とは考えの違う「他者」の存在を心の底からは許容できない。異なる意見をぶつけられた時に、「あなたと私は意見が違いますね」で終わりにできない。自分に向けられる批判に耐性がない。流すことができない。心がざわつき、「不快だ」と遠慮なく悲鳴をあげる。これは多様性には程遠い、むしろある種の狭量さだ。Z世代が得意だとする「多様性を認め、個性を尊重しあう」には、「異なる価値観が視界に入らない場合に限る」という但し書きが必要なのかもしれない。

「倍速視聴や10秒飛ばしなどを駆使して映像作品をどう観ようと、すべて視聴者の自由」と主張するある大学生は、その根拠を奇しくも〝生産者〟という言葉を使って説明した。「製作者が通常速度で観ろと視聴者に強要するのは、生産者が消費者のニーズに応えず、一方的に作りたい製品を生産している状態に等しい」

     

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