敗軍の名将 インパール・沖縄・特攻 (古谷経衡/幻冬舎)

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しばしば耳にする言説、太平洋戦争と東京オリンピックは重なるというのももっともだと思う。

日本人は決して馬鹿ではないが、あまりにもお上に弱く、そしていったん命令がくだされれば即座に恐ろしい思考停止に陥る。

これは個々の人間の意識云々の問題ではなく、群集心理的な、日本という民族、集団としての問題であろう。

この悪弊を乗り越えるにはどうすべきか? 原爆投下、敗戦という国家としての死を経てもなお、その根本が変わっていないということは、馬鹿は死んでも直らないと諦めるしかないのかもしれない。

太平洋戦争中、自決に失敗したり、栄養失調で動けなくなったりした日本兵が米軍の捕虜になった際、最初は警戒するが、煙草や酒で懐柔されると、日本兵はすらすらと自軍の機密情報を米軍に喋ったという。通常、捕虜となっても自軍に不利な情報は黙秘せよという教育がなされているが、日本軍には捕虜になるという発想自体がないので通常の兵士では考えられないような機密情報の暴露を敵側に平気で行った。これは日本兵に愛国心が足りなかったのではなく、捕虜になった場合の教育が軍から全くなされていなかったからであった。

日本の総人口は1920年ごろ、朝鮮と台湾を除く内地のみで約5600万人だったが、日本の経済力ではこの人口を養うことは不可能とされており、「少子高齢化」が社会問題となっている現在とは正反対に、当時の日本社会の大きな問題は内地における「人口過剰」であった(ちなみに当時、朝鮮の人口は約1300万人、台湾は約500万人であった)。いかに内地の余剰人口を外地に吐き出すか──。それが戦前日本の最重要課題であり、よって常に日本は外側に植民地を求めざるを得ない状況に置かれていた。

雨季に入り、雨はますます激しくなった。天長節までのインパール攻略と大見得を切った牟田口にもいよいよ焦りの表情が出始めていた。しかし牟田口は、『雨季の到来は皇軍に味方するものなり。雨季に入るも、あくまで敢闘せよ』(『抗命』P180)と意味不明の激励電報を送った。あれだけ雨季を警戒し、雨季になったら日本側が不利になるからそれまでにインパールを攻略しようという目論見だったのに、それが達成されないと見るや「雨季の到来は我々の味方」と逆のことを言い始めた。牟田口の精神は狂いだしていた。

     

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