英語と日本軍 知られざる外国語教育史 (江利川春雄/NHK出版)
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日本人にある外人コンプレックスは、そのまま英語コンプレックスである。英語さえできれば全てうまくいくと考えるのも、あるいは英語ができないから全然ダメだと考えるのも、いくらグローバリズムの時代とて行き過ぎた態度ではないだろうか。
外国語を学ぶ本来の意義
いま、英語をはじめとする外国語を学ぶのは、スキルアップのためであり、キャリアアップのため、つまるところは金のためだという人は多いに違いない。
人間が外国語を学ぶ究極の目的は、言語も文化も異なる他者と意思疎通を図り、平和的に共存するためであろう。
原点に立ち返れば、その通りである。国語(母国語)を学ぶ重要性も同様で、他者と円滑なコミュニケーションを図ることこそが本来の意義であろう。
外国語の学び方に見る国柄と精神
詳細は失念してしまったが、かつて外国のある議員が言った。「教育は重要だ。なぜなら子供は未来の100%だからだ」。
私はこれを何かの本で読んで以来忘れないのだが、どうして、検索しても出典が出てこない。とまれ、教育とはひとつの洗脳であって、そうであればこそ、教育には公平、正義、友愛のような人間の軸となる思想の注入が欠かせない。
四四年二月発行の Japanese Phrase Book(改訂版)の冒頭には次の言葉が載せられていた。強く発音する部分を大文字にしている。
Help! ta-SKET-ay! Tasukete! 助ケテ
Please help me ta-SKET-ay koo-da-SA-ee Tasukete kudasai 助ケテ下サイ
こうした例文を見る限り、アメリカ軍はまず命をつなぐための言葉を覚えさせようとしていたことがわかる。「生きて虜囚の辱を受けず」(戦陣訓)として、敵への助命嘆願など考えられなかった日本軍とは大違いである。
つまりは生きて帰るなと厳命されていた日本兵は、理性的な判断で投降し、捕虜になっても平気なアメリカ人に呆れ果てたというが、それも無理からぬことである。
イギリス・アメリカの植民地が多かった東南アジアでの軍事行動や占領統治には、英語も必要不可欠だった。そのため、開戦半年後の一九四二(昭和一七)年五月には『軍用英語会話』が出された。〜中略〜日本軍の現地民への対応ぶりがリアルに伝わってくる。発音を除いて抜き出してみたい。
Hey! Call one hundred of the villagers together. おーい、村民を百名程集めよ
Dig in along this line. 此線に沿って溝を掘れ
You, the head of the village, take charge of this. 村長お前が監督だ
You are scared at Japanese soldiers, arent you? お前は日本兵が恐いか
Ill save your life, if you confess. 白状すれば命は助けてやる
かように鮮やかな対比を見ると、教育の何たるかを改めて考えさせられる。
英語と歩む日本のこれから
現実問題、一歩日本の外に出れば、英語はできて当たり前である。できなければ相手にされない。ただそれだけのことである。
戦艦ミズーリの上で降伏文書調印式が行われた四五年九月二日、マッカーサー元帥の副参謀長で政策担当のリチャード・マーシャル陸軍少将は、終戦連絡事務局横浜事務局長の鈴木九萬に出頭を命じ、マッカーサーの名による「三布告」を九月三日に発表すると通告した。それは「英語を公用語とする」ことを含む恐るべき内容だった(河原匡喜『マッカーサーが来た日』三二六頁)。
第一布告 行政、司法、立法の三権を含む日本政府の権能は、今後マッカーサーの権力の下に行使される。軍事管理期間中は英語を公用語とする。
第二布告 降伏文書の条項及び最高司令官の発する一切の布告・命令に違反した者は、軍事裁判の判決により死刑またはその他の刑に処する。 第三布告 アメリカ軍軍票を日本国の法定通貨とする。
これを知った東久邇宮内閣は重光葵外務大臣をマッカーサーのもとに派遣して交渉にあたり、土壇場で連合国軍による直接統治は回避された。あやうく英語が日本の公用語にされるところだったのである。
このような歴史に触れると、なまじ英語による統治を免れたせいで、英語に対する異常な憧れと、欧米に対する過剰な負い目、そして白人に接する際の日本人の典型的な態度である卑屈さが形成されたのではないかとも思える。
英語なんかできなくても生きていける。その通りである。しかし、日本人にある時代錯誤的な欧米重視アジア軽視の態度は、そのような開き直りや強がりで克服できるものではない。
未来、仮に日本人が英語を自在に操れるようになったなら、その時には、自然と我々の歪んだ外国観は改められるのではないだろうか。
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