もったいないのは金か食べものか

昼下がり、広島空港で尾道ラーメンを食べて、飛行機に乗る。

5時間足らずでベトナムのハノイに到着する。ホテルに荷物を置くが早いか、そこらを適当に歩いて、なんとなくで選んだローカルの飲食店に入る。

メニューはすべてベトナム語で写真はない。メニューをiPhoneで撮影し、ChatGPTに放り込んで各料理を説明してもらう。

空芯菜のにんにく炒め、カエルのレモングラス唐辛子炒め、ドジョウのハーブ揚げ等々の中から、とりあえず、いかにも軽くて間違いなさそうな「きゅうりスティック 25,000ベトナムドン(約140円)」を注文する。

まもなく運ばれてくる。私のリアクションを見て、店員が(え? アンタが頼んだのこれよね?)という顔をする。

それは、伐採された丸太が積み上げられているかのようであった。きゅうり自体のサイズは日本のものと大差ない。しかし、限りなくシンプルに、まっすぐ縦に2分割されているばかりなのである。

念のため、きゅうりスティックのイメージをすり合わせておきたい。

まず、きゅうりを半分か3分の1くらいの長さに切る。それを縦に4分割する。一人あたりせいぜい4、5本、透明なコップに立てられて出てくるか、小さめの皿に寝かされて出てくる。その横に、塩、マヨネーズ、あるいはもろみ味噌などがちょっと添えられている。

これはなんだ。少なくともスティックではない。あえて言うならカタナである。棒切れを振り回すのを好む古風な子供であれば「長くて強そう」とはしゃぐかもしれないが、あいにく私は四十路を過ぎたおっさんなので、そんな元気もユーモアもとうに枯れている。

冷静に数えてみると、合計きゅうり5本分。うろたえるのが普通である。

人間には生まれ育った価値観というか、脳に刻み込まれたイメージというものがある。それはいくら海外生活が長くなろうが、上書きされない性質のものだと思う。ちょうど、どこに住もうが自分の顔は変わらず、ただその美醜の受け取られ方だけが変化するのと同じである。

とまれ、海外において料理が多すぎる問題は今に始まった話ではない。つい先日も、韓国でエビフライが10本も出てきて辟易したばかりなので、免疫がないわけではない。
参考記事:韓国のエビフライ

それにしても、である。コオロギじゃあるまいし、こんなにきゅうりを食えるわけがない。また残さなければならないのか。ああ、もったいない――うんざりして、しかし、はたと気づく。

うんざりはうんざりでも、その「うんざり感」が韓国のエビフライの時とは異なるのである。あの時は「ふざけるな! 空気読め! どう見てもひとりだろ!」という、怒りに震えるくらいのものがあった。

しかし、今回の場合は、「またかよ、しょうがねえなあ」という、ミスは多いし納期も忘れるし報連相さえロクにしない役立たずだが、やたら愛想だけはよくて怒りづらい同僚の尻拭いをするような心境なのである。

私はこの自分の感情の差異にとまどった。韓国の時と状況は同じだと言っていい。そう、どちらも不満の原因はどだい「食べきれない」ことと、残さざるを得ず「もったいない」ことである。

では、いったい何が違うのかと考えると、それは「値段」らしいのだ。韓国の時のエビフライは15,000コリアンウォンで、日本円にして1,600円近くもしたが、今回のきゅうりスティックは25,000ベトナムドンで、たった140円なのである。

きゅうりカタナ、もとい、きゅうりスティックをかじりながら、思う。しょせん、私は損得勘定に支配された守銭奴だったのかと。口では「生産者の方が一生懸命作ってくださった食べものを残してはいけない」とか「もったいない」とか耳ざわりのいいことを言いながら、本当は、単に損するのが嫌なだけだったのだ。

決して自分を善人だと思っていたわけではないが、それでも自分の内に存在する醜悪さを認めるのは容易ではない。

ちくしょう、私は偽善者だ。いや、待てよ、私がもし億万長者だったらどうなのか。エビフライ1,600円など痛くもかゆくもない。きゅうりスティック140円など鼻クソ以下、耳クソか目クソ、いっそ単純に糞便そのもののクソであろう。

そう考えると、今度は金の問題ではないことに気づかされる。あくまでも本質は、自分の想定と違っていたこと、期待が裏切られたことにあるのではないか。

どんなに金があっても、この世は思い通りにならないのは自明であり、真理である。テスラのイーロンマスクでさえ、ロケットは何回も落ちるし、世論はしばしば彼に歯向かってとめどない。

とかなんとか小賢しく想像してはみたものの、どう逆立ちしても私は小金持ちでさえないから、やはりこれは純然たる損で、フードロスで、環境に悪く、もったいなく、許しがたく、空気読め、どうでもいいから金返せ、特に韓国のエビフライ。

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新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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2025/08/15 更新 広島に原爆は落ち続ける

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