ほぼエッセイ、ときどき現代の美術とアート。

歯痛悶絶日記(1)〜ヤブ医者の診断は拙速を極めて

  2017/08/22

事件は木曜日のお昼に起こった。

仕事のお昼休み。ぼくはごはんを食べに家へ帰った。前日に作っておいたゴーヤと鶏肉のペペロンチーノ的なパスタをレンジで温めて、食べ始めた。

三口目くらいで、左奥歯あたりでガリッと違和感があり、同時に激痛が走った。あまりの痛みに、あごが外れたかのように口を半開きにしてあごを抑え、しばし固まった。もはや食事を続けることはできなかった。

口をゆすいで、歯を磨いた。鏡に向かって大口を開け、患部と思われるところを見てみたが、これといった異変は見て取れない。しかし痛みは続いている。なにはともあれ即座に歯医者に行くしかないと思った。そういう痛みだった。食べかけどころかほとんど食べていないパスタにもう一度ラップをかけて冷蔵庫にしまい、家を出た。

まっすぐ歯医者に行きたかったが、財布を会社に置いてきているので取りに戻らねばならなかった。戻りながら、iPhoneで最寄の歯医者を捜した。

木曜で、午後休診が多かった。ようやくで徒歩10分程度のところに「前野歯科」という歯医者を見つけた。ホームページの院長紹介によると、地元で診療を続けて40年近く云々、そして大のカープファンだと、歯にはまったく関係ないコメントの横で微笑んでいた。

会社に帰り、財布を取ると、同僚に銀歯が取れた気がするので、歯医者に行ってくると伝えた。もしかすると少し遅くなるかもしれないとも言って、会社を出た。

迷うこともなく前野歯科に到着した。平日だからか、他に患者はひとりもいなかった。それで、保険証を出すとすぐに診察台へと通された。

ホームページで見た初老の院長が出てきて、症状を尋ねた。ぼくは昼食を食べているとガリッと何か固いものを噛んでしまいすごく痛いと伝え、口腔を見せた。

院長がぼくに顔を近づけて、口の中をのぞいた。と同時に、もわっと、煙草臭い息が鼻を突いた。

「とくに虫歯ではなさそうですね。ちょっと風を当てますよ。これはしみますか?」

臭かった。ものすごく、煙草臭かった。おまえがまず口腔ケアをしやがれと胸ぐらをつかもうかとさえ思ったが、ぼくは「ひえ、ひみません(いえ、しみません)」と答えた。

「そうですか。特に異常は見当たりませんがね。まあ、このあたりが少し欠けているといえば、そんな感じがしなくもない。とりあえず、このちょっと尖ったところを削っておきましょうか?」

どうでもいいが、いや、どうでもよくはないがほんとうに臭かった。ぼくはとにかくは何かしら処置がしてほしかったので、院長の提案を了承した。

ガリガリっと、痛みも何もなく、ほんのちょっと歯を削られたようだった。

「新宅さんは、虫歯になりやすい歯ではないので、大丈夫ですよ。」

院長は笑顔でそう言って、ぼくは一安心して礼を言って病院を出た。医者に診てもらった安心感からか、痛みが取れたような気がした。それに、休憩時間内で受診が済んでよかった。気分転換に、ダイエットコーラを買って会社に戻った。

もう大丈夫。じゃなかった。全然。時間がたつにつれ、歯はどんどん痛くなっていった。ほかのことが何も考えられないくらい、尋常ではない痛みが間断なく続いた。

もはや仕事ができる状態ではなかった。矢印キーを繰り返し押して打鍵音を立てているくらいのものである。あまりの痛みに意識が朦朧としていると言っても、決して言い過ぎではなかった。とりあえず鎮痛剤で急場をしのごうと思い近隣のドラッグストアを検索したが、近隣にはただの一件も無かった。

会社の立地ではなく、広島に対して無性に腹が立った。何がカープファンだあのヤブ医者め。そもそも他球団は虎とか鷹とか勇ましいのに、鯉ってなんだよ。鯉って!

あるいは薬事法の改正でコンビニにも鎮痛剤が販売されているかもしれないと思い行ってみたが、胃腸薬が関の山であった。激しい痛みのせいで、その失望感たるや相当のものであった。

ぼくは仕方なく、ほとんど意味はなかろうが、カルシウムで精神を落ち着けようと牛乳とガムを買って帰った。

牛乳はともかく、なぜガムを買ったかというと、もう何も食べられる気がしなかったからで、痛む歯でやわらかいガムを噛んでみて、どのくらい痛いか確かめたかったのである。結果、ほんのわずかかみしめただけで、股間を痛打した時にも匹敵する激痛が走った。

ぼくはまた明日べつの歯医者に行ってみようかと考えていたが、あまりにも痛く、そして不安で、今すぐに医者にかかりたいと思い、遅くまでやっている他の歯科を探した。徒歩で20分程度のところに、「河田歯科」という歯医者を見つけた。ぼくは定時の19時になるとすぐさま会社を出て、そもそも早歩きだが、その三倍くらいの早歩きで歯医者に向かった。歩きながら歯医者に電話をかけ、受付の可否を確かめた。大丈夫だとのことで、ぼくはさらに歩を早めた。

とにかく歯が痛かった。まるで不慮の事故にでもあったかのような心境で(どうしてこんなことに? あのときぼくが自作のクソパスタではなく気まぐれでお好み焼きでも食べに行っていればこんなことには……。)そんな、いまさらどうしようもない後悔ばかりが頭の中をぐるぐると巡った。そのとき、ぼくには歯痛が世界のすべてだった。

つづく。

【実録ドキュメント】歯痛悶絶日記(全4回)
  1. 歯痛悶絶日記(1)〜ヤブ医者の診断は拙速を極めて
  2. 歯痛悶絶日記(2)〜切った張ったの歯医者さん
  3. 歯痛悶絶日記(3)〜義理人情忘れセカンドオピニオン
  4. 歯痛悶絶日記(4)〜名医と歯痛はかく語りき
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