オランダで家を探して見つけるまでの話(1)

  2021/12/07

オランダで家を探すのは辛い。物件は少なく、競争率が高く、そのせいで詐欺が横行。仲介手数料も高いし、家賃も高い。正直、クソだと思う。実際、クソだった。

外国なんてどこもそんなもんだというわけではない。少なくとも、シンガポールとロサンゼルスでは何の苦もなく物件が見つかった。

オランダでは住宅不足が深刻な社会問題になっており、抗議のデモまで起こっている。つまり、オランダ人にとっても喫緊の課題で、それだけ物件を見つけるのは困難だということだ。

母国人にとってさえ難題であるのに、極東の島国の外国人である私にとって簡単であるわけがない。

2021年10月末、オランダに到着して数日。内見にこぎつけたのは、アムステルダムの中心部に位置するアパートメントの一室の間借り、いわゆるシェアルームである。

大家は自宅で陶芸教室をやっているという日本人老夫婦だった。私はまず、媚を売らんと広島で買ってきた味付け海苔をつまらないものだと断って手渡した。悪いわ受けとれないわ云々のせんないやりとりの後、ようやくで収めてもらう。

それは美しい日本の気遣いに違いなく、安心感とも言えるものではあった。しかし、互いに文化的バックグラウンドを完全に共有してしまっているせいで、避けがたい粘着質な鬱陶しさも覚える。

部屋の広さは12畳ほどあるキッチンと8畳ほどの寝室の2部屋で、バスルーム(風呂・トイレ同室)は共有。家賃は895EUR(約116,000円)で、毎年3%ずつ値上がりすることになっているという。

私は出国前から延々と続けている部屋探しに疲弊していたので、即決してしまおうと思っていた。広々としたキッチン、それから寝室に案内され、その奥のくぼんだスペースに置かれた洗濯機に案内される。

「ここに共有の洗濯機があるの。それで悪いんだけど、週に2、3回くらい、洗濯する時にこの部屋を通らせてもらうことになるのよ」奥さんが言う。

「なるほど。全然いいですよ。」そう反射的に答えたものの、疑問符が浮かぶ。「アムスの中心部で、この広さでこんな値段はまずないからね」と、旦那がいかにも誇るようにつけ加えた。

確かにその通りだろうとは思うが、週に何度も他人を寝室に通さなければならない部屋もまた滅多にないだろう。

それはともかく、くつろいだ雰囲気になり、お茶までいただくことになった。そして、なぜ私の内見申し込みを受けたのかを説明してくれた。

「前の人は、すごく外出が多かったのよ。深夜に帰ってくることもよくあって。スポーツ専門のマッサージだったか、接客業をしているらしくて。だけど、このご時世でしょう。私たちも、もう歳だから、ねえ。怖いのよ」

私は家さえ決まればそれでいいという思いで、好感を与えるために全力で、いかにも愛想よくうなずき、真剣に耳を傾ける。

「だけど、あなたはWEB関係で、基本は自宅でお仕事されるんでしょう? そういう方だと、接客業の人よりも、やっぱり安心だから」

私は頭をぶんぶん振って同意を示す。しかし、聞けば彼ら自身が不特定多数の集う陶芸教室を現在進行系で営んでおり、週に2、3度あるというレッスンでは、老若男女かつ多国籍な10名程度が毎回この自宅地下にある工房に集まるのだという。

これは以前、コロナの感染拡大から県外客の入店を断る店についての記事「コロナお断り」でも書いたことなのだが、なぜ自分の家族や友人はじめ、見知った人ならば安心で大丈夫だと思えるのだろうか。不思議でならない。

なんというか、いろいろおかしい――そうは思ったものの、とにかくはもう勢いで契約してしまおうと思った。

契約書を渡され、内容を説明してもらう。「うちのことはだいたい説明したから、まあ問題ないと思うんだけど、実はまだ他に内見したいって人がいてね。それで、最終的な回答はもう2週間ほど待ってほしいんだ」

私は身を乗り出して契約する気まんまんだっただけに、あ、そう、即決じゃないんだと、意気消沈した。

がっかり感と、いい人を演じ過ぎた疲れとが相まって、ホテルに戻ってかるく酒をあおるや、まもなく眠りに落ちた。そして一晩寝て冷静になると、洗濯機の件を筆頭に、疑問が拒絶に変わっていた。

オランダで家を探して見つけるまでの話 全5+1回
新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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