オランダで家を探して見つけるまでの話(2)

  2021/12/07

家探しは続く。有料の会員制賃貸サイトにも登録して片っ端から応募した。「オランダ掲示板」という在蘭邦人の間では有名なサイトを欠かさずチェックし、Facebookの家探しグループでもシェアメイト募集に日夜目を光らせた。

しかし、わざわざお金を払った有料サイトでさえ、SCAM(詐欺)らしき投稿が散見された。無料サイトなど言わずもがなである。見分け方というほどのものではないが、あきらかに相場より好条件だったり、メール返信率が異常に高いものはSCAMだと思った方がいい。

そんな中、Facebook経由で返信があった。グイドというスペイン人で、30代後半の男女4人で住んでおり一部屋空くという。聞けば、彼は「ジャパンラバー」だから返信をくれたらしい。

原文では「I'm a Japan lover, from manga to tattoo (irezumi) till culture.」マンガから刺青まで愛しているとのことだが、そのマンガと刺青の間にどんなニッポンカルチャーが入るのかは不明。そもそも偏り過ぎだ。

訪れたのは、アムステルダム中心部から電車で20分程度の場所にあるホーレンドレヒトという町だった。改札を出ると、どこか多摩ニュータウンのような乾いた雰囲気がある。

駅から徒歩5分ほどで、家賃は600EUR(約77,000円)。小綺麗な4階建てのマンションの3階に位置する部屋だった。風呂トイレは共有で個室も7、8畳と相当に狭いが、リビングは広く、キッチンには食器洗い機がついていて新しい。それらをひとつずつ、グイドは丁寧に説明する。

気になるのは、各人の個室に鍵がついていないことだった。「みんな信頼し合ってるから安全なんだ」と真顔で言うので笑って流しておいたが、もし住むことになったらDIYで鍵をつけようと思う。

一通り見終わって、リビングのソファーに腰かける。正面にある大きなTVには、ヒップホップ系のMV(ミュージックビデオ)が流れている。なにか飲むかと言われて、オレンジジュースをもらう。

一息つくと、他のシェアメイトも部屋から出てきて、挨拶する。彼女もスペイン人だそうで、人目もはばからず音楽に合わせて歌って踊ってリビングを行ったり来たりする。

彼は言う。「おれは41で、ソロモンは33、ティツィアーノは35か37。で、あんたは39。同年代だから安心だよ。学生とか、若すぎるとバイブスが違って疲れるからね」確かに、体力気力、あるいは関心ごとは年代によって大きく異なる。

1時間以上も長居して話し込み、いっそブラザーになった頃、もう一人の内見希望者が現れた。アンドレアという24歳のスペイン人女性で、若いというよりも幼さすらあった。中年の自分たちとはバイブスが違うことは明らかだった。

グイドは冗談めかして、彼女に私のことを「ライバル」だと説明した。そして同じように彼女にもあれこれ説明して、「おれは人を選んだりするのは好きじゃないんだけど、残念ながら今回は一人しか選べないんだ。結果については、明日の昼までに連絡する」

負けられないライバルではあったが、帰る方向が同じだったから彼女と一緒に駅まで歩いた。「きっと彼らはあなたを選ぶわ。だってちゃんと働いてるじゃない」彼女はそう、いかにもつまらなそうに言ったが、その横顔にはくたびれた中年の私をときめかせるに十分な美しさがあった。

「私はスペインから来たばかりで、これから仕事を探さなきゃいけない」彼女は続けた。「そんなのまだわからないよ」と紳士を演じたが、心の中では、年齢的にもバイブス的にも、自分が選ばれるだろうことを確信していた。とりあえず友達になっておこうと、Facebookのアカウントを交換して別れた。

約束通り、昼下がりに結果はきた。「本当に難しい決断だった」という前置きで始まり、結果はまさかのお断りだった。アンドレアにそのことを連絡すると、「彼、私を選んだみたい!」と大喜びであった。

私はよかったねおめでとうと再び紳士を装ったが、思う。バイブスもクソもない。結局おっさんは若い女が好きなんじゃねえか、と。

オランダで家を探して見つけるまでの話 全5+1回
新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

ご支援のお願い

もし当ブログになんらかの価値を感じていただけましたら、以下のいずれかの方法でご支援いただけますと幸いです。

Amazonギフト券で支援する
→送信先 info@tomonishintaku.com

Amazonほしい物リストで支援する

PayPalで支援する(手数料の関係で300円~)

     

ブログ一覧

  • ブログ「むろん、どこにも行きたくない。」

    2007年より開始。実体験に基づいたノンフィクション的なエッセイを執筆。アクセス数も途切れず年々微増。不定期更新。

  • 英語日記ブログ「Really Diary」

    2019年より開始。もともと英語の勉強のために始めたが、今ではすっかり純粋な日記。呆れるほど普通の内容なので、新宅に興味がない人は読んで一切おもしろくない。

  • 音声ブログ「まだ、死んでない。」

    2020年より開始。ロスのホームレスとのアートプロジェクトでYouTubeに動画をアップしたところ、知人にトークが面白いと言われたことをきっかけにスタート。その後、死ぬまで毎日更新することとし、コンテンツ自体を現代アートとして継続中。

  • 読書記録

    2011年より開始。過去十年以上、幅広いジャンルの書籍を年間100冊以上読んでおり、読書家であることをアピールするために記録している。各記事は、自分のための備忘録程度の薄い内容。WEB関連の読書は合同会社シンタクのブログで記録中。

  関連記事

戦争も原爆もひとつのエンタメとなりにけり(オバマ大統領の広島訪問、スピーチについて)

先月末、アメリカのオバマ大統領が広島を訪れた。現役の米大統領としては初めての訪問 ...

ひとり飲みこまれる夜に

酒を飲む理由なんてなんだっていいが、理由は必要だ。 昨日の理由は、なんだかもやも ...

作家とギャラリーの取り分について

作家の人たちと話すと、たまにこの話題になる。要するに金の話である。 世の中は、何 ...

お金の動くところ

以前の記事、彼はプロか、素人か。の後日談。 先日、ほんの冗談で受けた映画のオーデ ...

【連載:基督者への回り道】わだば新加坡でゴッドになる(1)〜深い興味と浅い導き

日本におけるキリスト教徒の人口をご存じだろうか。わずか1%である。 あまりにも有 ...

当サイト内の文章・画像等の内容の無断転載及び複製等の行為はご遠慮ください。

Unauthorized copying and replication of the contents of this site, text and images are strictly prohibited. All Rights Reserved.

Copyright © 2012-2024 Shintaku Tomoni. All Rights Reserved.