街道をゆく〈35〉オランダ紀行 (司馬 遼太郎 /朝日新聞社)

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父が大の司馬遼太郎ファンなので、私がオランダに行くということで、自身の蔵書から手渡された一冊。

単なる紀行文というにはあまりにも深い内容で、ドッグイヤーを山ほどつけてしまった。これをオランダで読むことのできた僥倖に感謝したい。

オランダの土地は、海面すれすれか、それ以下の土地が多い。それにしても、単に低いということなら他に言い方があるのに、nether(オランダ語はneder)という言いかたは、辞書で語感をさぐるかぎり、おとしめ方がひどいように思えろ。英語の辞書では、netherは、"地底にあると信じられている地獄"とか、"冥界"だという。が、オランダ人は平然としている。国名としての正称の中に"低い"をつかい、英語式にいうと、Kingdom of the Netherlandsというように、平然と胸を張っているのである。

唐突なことをいうようだが、ゴッホを考えることは、自分で自分を解放するということであるらしい。ただし、解放とか自由とかいうものは、おそろしくもある。人は、慣習のなかで生きているのである。絵の場合でいえば、絵とはこういうもので、こう描くのだ、という慣習(固定概念)にくるまれてさえいれば、気楽このうえない。自由こそないが、奴隷の気楽さがある。技術の巧拙だけを気にしていればいいのである。

人類は、ながいあいだ、「事実」よりも空想(観念)のほうをたのしんできた。マルは〇であり、サンカクは△であるというあたりまえの事実よりも、「マルとはじつは△のことである」といわれるほうが、つまり観念や論理でいわれるほうが、あるいはそんな言いまわし(レトリック)で言われるほうが、はるかに刺激的だった。「ありがたいことじゃないか。阿弥陀さまはどんな悪人でも救ってくださるのだ。行きたくない、といっても、みなお浄土に連れて行ってくださる」単なる"死"という事実を、そのようにいわれるほうがよかった。

ジェネヴァというのは、このオランダ特有の蒸留酒である。ライムギがもとだが、ネズの木(杜松(トショウ))の実が香料として入っていて、それが個性になっている。平凡社の『大百科事典』の「ジン」の項をひくと、黄金の十七世紀なかば、ライデン大学教授シルビウスという人が創製した酒だそうである。教授がジェネヴァと命名したのは、フランス語でネズの実(ベリー)のことをgenièvreというからである。 (中略) ほどなくこの酒は海をわたってイギリスへゆき、ロンドン商人がまねて売りだした。ロンドンでは、ジェネヴァを略して、ジンとよんだ。ジンは、当初ロンドンでは貧民用の酒としてひろまった。

     

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