映画と癩の問題 (伊丹 万作/青空文庫)
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1940年に公開されたハンセン病を主題とした88分の白黒映画「小島の春」についての批評である。映画監督の伊丹万作によるもので、1941年に「映画評論」に掲載された。
あの映画はけしからん!見てないけど。
一億総評論家時代と言われて久しいが、あるいは彼はその走りかもしれない。絵画にしろ小説にしろ、とにもかくにも批評とは鑑賞することから出発するはずだが、どうして彼は問題の映画を見ていない。これまた、怪しげなニュースソースを二つ三つ拾い読みしただけでああだこうだと論じる現代のネット民のパイオニアかもしれない。
だいたいの感じは真珠貝の裏に似ており、紫や桜色にテラテラと輝いて見えた。そして全体が火傷のあとのように引きつって見え、顔というよりも、むしろ何か極めて薄い膜を根気よく張り重ねてこしらえた不規則な形の箱のような感じがした。
私はハンセン病について、強い興味と関心を持ってさまざま文献を読んで来たが、中でもこの表現は秀逸である。
美化できない領域
この世は四六時中、夥しい苦しみと悲しみに満ちている。我々が笑えるのは、そのような一切を、忘れたり無視したり、ごまかしたり見過ごしたりできるからこそである。しかしこの世には、一度知ってしまうと、もはや以前のようには生きられない強烈な現実というものがある。
我々が人生について、宗教について、恋愛について考え始めると、癩はいつも思考の隙間隙間へ忍び込んで、だまって首を振っているようになった。そして癩は機会のあるごとに我々の耳へ口を寄せ、こういってささやく。「おれを肯定しないで人生を肯定したって、そんなのはうそっぱちだよ」と。
非常な共感を覚える。それを無視して生活することは、何かものすごく嘘くさくて我慢ならないのだ。私にとってそれは、ロサンゼルスにおけるホームレスの問題だった。(拙作ONE BITE CHALLENGEシリーズ参照)。
結局行き着く自分語り
「批評とは他人の作品をダシにして自己を語ることである」と喝破したのは、批評の神様とも言われた小林秀雄である。私もまたそのひそみに倣い、こうしてせっせと自分語りをしているわけである。
芸術家が魂のやむにやまれぬ要求から打ち出したものなら、常識的な意味では、世のためになどならなくてもさしつかえないと思っている。しかし癩が題材に取られた場合には、このような考え方は許せないと思う。その作品を提出することによって、癩者の幸福に資する点があるとか、あるいは社会問題としての癩に貢献する確乎たる自信がないかぎり、これは芸術家――ことに映画のような娯楽的性格を持つ芸術に携わるもの――の触れてはならない題材ではないだろうか。
一介のサラリーマンとしてなら、その通りだと思う。しかし一人の芸術家としては、触れてはいけない領域、タブーなど芸術にあるわけがないだろうと思う。芸術は優しいものでも気持ちいいものでもない。福祉でも慈善でもない。
それこそわざわざ自分で鼻や耳を削り取って、ハンセン病のパフォーマンスだなんだとやってしまうほどの醜悪さを持つものなのだ。そんな芸術はいらない? その通り、全然必要ない。しかし霊長類の中で唯一、必要のないことをやらずにはいられないのが人間ではないか。誰も人間をやめることはできない。
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