新訂 福翁自伝 (福沢 諭吉 (著), 富田 正文 (著) /岩波書店)
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お札にもなるくらいの人物であるので、もっと典型的なエライ人かと思っていたが、違う。
アンチヒーローを気取るならともかく、幼少の時分より酒が好きでいつも飲みたくてたまらないなんていうことをわざわざ自伝で告白する人間も珍しい。
随所で感じられることだが、福沢諭吉のキャラクターの本質は、自分の信念に従い、決して時勢や他人に流されない、ブレない図太すぎるほどの芯であろう。
ここ数年、毎朝「学問のすすめ」をバイブルとして読んでいる自分としては、やはり尊敬に値する人物だという思いを深くした次第。
絨毯が敷き詰めてあるその絨毯はどんな物かというと、まず日本で言えばよほどの贅沢者が一寸四方幾干という金を出して買うて、紙入れにするとか莨(たばこ)入れにするとかいうようなソンナ珍しい品物を、八畳も十畳も恐ろしい広い所に敷き詰めてあって、その上を靴で歩くとは、さて途方もないことだと実に驚いた。けれどもアメリカ人が往来を歩いた靴のままで颯々と上がるから、此方も麻裏草履でその上に上がった。上がると突然酒が出る。徳利の口をあけると恐ろしい音がして、まず変なことだと思うたのはシャンパンだ。そのコップの中に何か浮いているのもわからない。三、四月暖気の時節に氷があろうとは思いも寄らぬ話で、ズーッと銘々の前にコップが並んで、その酒を飲む時の有様を申せば、列座の日本人中で、まずコップに浮いているものを口の中に入れて、胆を潰して吹き出す者もあれば、口から出さずにガリガリ嚙む者もあるというような訳けで、ようやく氷が入っているということがわかった。
およそ人の志は、その身の成り行き次第に由って大きくもなりまた小さくもなるもので、子供の時に何を言おうと何を行おうと、その言行が必ずしも生涯の抵当になるものではない、ただ先天の遺伝、現在の教育に従って、根気よく勉めて迷わぬ者が勝を占めることでしょう。
政府に依りすがる気もない、役人たちに頼む気もない。貧乏すれば金を使わない、金が出来れば自分の勝手に使う。人に交わるには出来るだけの誠を尽して交わる、ソレデモ忌と言えば交わってくれなくても宜しい。客を招待すれば此方の家風の通りに心を用いて応する、その風が嫌いなら来てくれなくても苦しうない。此方の身にかなうだけを尽して、ソレカラ上は先方の領分だ。誉めるなり譏るなり喜ぶなり怒るなり勝手次第にしろ。誉められてさまで歓びもせず、譏られてさまで腹も立てず、いよいよ気が合わねば遠くに離れて付き合わぬばかりだ。
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