人間魚雷搭乗員募集 (大久保 房男/光人社)

購入価格:299円
評価:
この記事は約2分58秒で読めます
タイトルにある人間魚雷の話はほとんど出てこない(それを知りたくて購入したのだが)。
実話をもとにした小説とのことだが、それにしては内面の描写が多い。そのぶん、他の戦争関連書籍では知ることのできない戦時下の人間心理を考察するうえでの参考にはなる。
12時10分前にはみな外に出て、5分前に庁舎の前の広場に並んだ。正午の時報の後にアナウンサーがこれから重大放送のあることを告げると、「君が代」が流れ、全員が不動の姿勢をとった。「君が代」が終わると情報局総裁が何か言った。庁舎の前に置いた拡声器が古いためか、あるいは電波の状態が悪いのか、時々キーンとかジャーという音が入ってよく聞きとれない。天皇の放送が始まったが、聞いたことのない抑揚で、詔勅というものは本来こんな抑揚で読むものなのか、小学校や中学校で教育勅語を読んだ校長の抑揚は間違いだったのか、それともこれは天皇独自の抑揚なのか、と頭の片隅で考えながら、どういうことを言われているのか、正確に聴きとろうとしたが、雑音に邪魔され、跡切れ跡切れに解った言葉を継ぎ合わせても、どういうことを言われたのか理解できなかった。忍び難きを忍び、堪え難きを堪え、と言われたのはよくわかったが、それで降服しようと言われたのか、敵を撃滅しようと言われたのか、よくわからぬうちに放送が終わった。
自分たちが戦争を始めたわけではなく、負け戦の中に駆り出されたのだし、戦争に行く前から軍国主義に嫌悪感を持ち、軍人に反感を持っていたのに、日本が負けてよかったと言うのを聞くと不愉快になった。戦争にもし勝っていたら、軍人はいっそう横暴になっていただろうし、軍国主義者たちの専横がひどくなり、言論の弾圧がいよいよはげしくなって、あの厭な暗い時代がずっと続いていただろうと思うが、だからと言って、負けてよかった、とは思えなかった。占領軍がやって来た時、それを新聞は進駐と表現したが、佐三は蹂躙と感じた。
日本の兵士は死ぬ時に、天皇陛下万歳、と叫んで死ぬと言われていたが、そういう人もいただろうことも佐三は疑わなかった。しかし、実際は、お母さん、と言って死ぬということが巷間に広く言われていた。天皇を利用して国民を自由に操ろうとする権力者は、すべての兵士が、天皇陛下万歳、と叫んで死ぬことを望み、国民をそのように導いて行こうとしているが、その手には乗らんぞ、という大方の国民の思いが、お母さん、と叫んで死ぬという話となって、こっそり語られているように佐三には思われたのだ。
最後の引用は、非常に鋭い指摘で唸らされた。
ご支援のお願い
もし当ブログになんらかの価値を感じていただけましたら、以下のいずれかの方法でご支援いただけますと幸いです。
Amazonギフト券で支援する
→送信先 info@tomonishintaku.com
ブログ一覧
-
ブログ「むろん、どこにも行きたくない。」
2007年より開始。実体験に基づいたノンフィクション的なエッセイを執筆。アクセス数も途切れず年々微増。不定期更新。
-
英語日記ブログ「Really Diary」
2019年より開始。もともと英語の勉強のために始めたが、今ではすっかり純粋な日記。呆れるほど普通の内容なので、新宅に興味がない人は読んで一切おもしろくない。
-
音声ブログ「まだ、死んでない。」
2020年より開始。ロスのホームレスとのアートプロジェクトでYouTubeに動画をアップしたところ、知人にトークが面白いと言われたことをきっかけにスタート。その後、死ぬまで毎日更新することとし、コンテンツ自体を現代アートとして継続中。
関連記事
エクソダス: アメリカ国境の狂気と祈り
2021/08/21 book-review book, migrated-from-shintaku.co
メキシコとアメリカの国境は世界でもっとも賃金差があるといわれる。 その事実にまつ ...
アメリカ死にかけ物語
2020/02/10 book-review book, migrated-from-shintaku.co
3千円以上する本だが買って読んだ。本は黙って買うこと。アメリカ社会の凋落を表現し ...
子どもがひとりで遊べない国、アメリカ―安全・安心パニック時代のアメリカ子育て事情
2019/08/19 book-review migrated-from-shintaku.co
毎日子供を送り迎えしている上司のことを、最初、教育熱心だと思っていたが、よく聞け ...
仕事なんか生きがいにするな 生きる意味を再び考える
2017/07/16 book-review book, migrated-from-shintaku.co
いかにもなちゃらい新書らしいタイトルだが、しかし中身は読み応えも考え応えも十分。 ...
韓国のイメージ―戦後日本人の隣国観
2012/08/30 book-review migrated-from-shintaku.co
韓国との関係が悪化する一方の現在ですが、読みました。 結論、いい本です。著者は日 ...