暮らしの中の民俗学<1>一日 (湯川洋司、波平恵美子、新谷尚紀 編集/吉川弘文館)
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メキシコとアメリカの国境は世界でもっとも賃金差があるといわれる。
その事実にまつわるリアル、単にカネではなく、死活問題としてアメリカを目指す夥しい移民たちの実体が綿密な取材により完璧に描き出されている。
私見では、現代、アメリカン・ドリームはメキシコにのみ残されていると漠然と考えていた。しかし本書を通読すると、それはドリームなどという甘い夢物語ではなく、もっと切実な必要に迫られた、他に選択肢のない行動でしかなかったことが理解される。
米国前大統領トランプをはじめ、アメリカのスタンスは一貫して移民に対して「来るな」と言っているわけだが、べつに移民とて、好き好んで行くわけではない。我が家に水難だが火難だかの避けがたい災難があって、どうしようもなく隣家に逃げ込むようなものなのだ。
この彼我のかけ離れた温度差の違いをなんといおうか。
「そもそも難民とは、国連の難民条約(1951年採択)と難民議定書(67年採択)で、人種、宗教、国籍、政治的意見、特定の社会的集団の構成員であることを理由に迫害される恐れがあって、国外に逃れた人と定義される。今日では武力紛争や人権侵害などより広く解釈されているが、出稼ぎや家族との再会などのために自発的に国を出た人は含まれない。そうした人たちは、法的な定義がなく、より広義な「移民」という言葉に包含されることになる。
バスは、現実には「ほとんどの人たちが複合的な動機で国を出ています」と指摘した。「政情不安とか、仕事が見つからないとか、危険地域出身で誰も仕事をくれないとか、家族が恐喝を受けているとか、尋ね方次第でそのうちの一つを答えるのです。彼らが置かれた状況の複雑さは、深く掘り下げて話を聞かないと分かりません」
どうして再び米国に戻ろうとするのか。答えはシンプルだった。「カネだよ。メキシコの少なくとも3〜4倍、たいがいはもっとたくさんもらえる。米国で働いたときのような見返りがないから、メキシコにいても価値がないと思ってしまうんだ」
米国でメキシコとの国境を仕切る壁の建設が始まったのは、皮肉にも、欧州を分断していたベルリンの壁が1989年に崩壊して東西冷戦が終わった直後だった。 (中略) 20世紀後半まで計画中を含めて十数カ所だった世界の壁の数は、2001年の米同時多発テロからしばらくして加速度的に増え始め、17年時点で5ヵ所にまで達していた。そのつくり手は、東西冷戦の勝者で、自由や経済的な繁栄を享受してきたはずの欧米の民主主義国家が目立つ。
フォーリーは密入国者のことを何度も「イリーガルズ(illegals)」と呼んだ。不法を意味する「illegal」の名詞を複数形にした用法で、密入国した移民を「不法な存在」と位置付ける人たちが使う言い回しだ。移民を支援する側は、その言葉を決して口にしない。使うのは、米国での滞在を認める書類を持たないという意味の「アンドキュメンテッド(undocumented)」という言葉だ。子どもの時に親に連れられて密入国した人たちを指すことが多いが、より広い意味でも使われている。
敵国ソ連が消滅して冷戦が終わったことで、膨れ上がっていた米国防予算にメスが入り、カリフォルニア州南部の基幹産業だった軍需産業は冷え込んだ。関連工場はアジアなどへ流出し、手厚い福利厚生と高賃金の仕事は失われ、街は失業者であふれかえった。
94年1月1日に発効した北米自由貿易協定(NAFTA)だった。米国とメキシコ、カナダの間で関税の大部分が撤廃されたことで、大量生産された安い米国農産物がメキシコ市場になだれ込んだ。主食のタコスやトルティーヤの原料となるトウモロコシの生産は壊滅状態に陥り、地元工場も米国製品に太刀打ちできずに閉鎖に追い込まれた。
一方、米企業がメキシコに建てた工場は省力化が進んでいて、期待ほどの雇用は生まなかった。仕事にあぶれた大勢のメキシコ人が食いぶちを求めたのは、米国への出稼ぎだった。94年度に約8万人だった米・メキシコ国境での検挙者数は翌年から急増し、2000年度にい164万人に達した。景気低迷と失業の不満の矛先を移民に向けたカリフォルニア。米国との競争に敗れて、移民を送り出さざるを得なくなったメキシコ。国境の両側とも、グローバル化の刃で深く傷ついていた。
「メキシコ移民は、米国の高賃金の工場勤務とは無縁です。それなのに『移民が仕事を奪った』との非難がわき上がり、米国の人々は『国境を閉じろ』と叫びました。「メキシコ移民は、米国の高賃金の工場勤務とは無縁です。それなのに『移民が仕事を奪った』との非難がわき上がり、米国の人々は『国境を閉じろ』と叫びました。トランプが大統領選で使ったのはこの手口です。
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