桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)清水 潔

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「戦前戦中真っ暗史観」というのがある。
作家の山本夏彦が現代人の持つ歴史観を揶揄したもので、我々はつい、往時の人々は喜びも娯楽も一切なく、ひたすらに耐え忍んだ暗黒の日々だったと考えて疑わない。
戦争に関係なく貧しかった
先の論に照らせば、戦争が起こる以前の生活はそれなりに豊かで、楽しかったことになる。
戦争中の食について知るためには、戦争になる前の食についても知っておく必要がある。 (中略) 貧しかったのは農村だ。米どころでさえ、米だけを主食に」していた農家は少ない。 (中略) 特に昭和の初期は、東北地方で冷害による米の凶作が続き、栄養失調の子ども(欠食児童などと呼ばれた)がごまんと出た。戦争中の食生活は悲惨だったというけれど、農村の食生活はもともと悲惨だったのだ。
かつて日本は戦争を抜きにしてもどうしようもなく貧しかったのであり、現代はそこから発展し、豊かさを手に入れたのである。この前提に立たなければ、我々の歴史観は必ず歪む。
背景を知らなければわからない
演劇と同じで、同じ行為をしても、状況によってまったく異なる意味を持つ。当時の風俗や常識、価値観を知らなければ、それが何を意味するのかを判断することはできない。
「米がなければパン(めん)をお食べ」という考え方自体、「パンがなければお菓子をお食べ」というせりふを思い出させるところがある。いかに米が不足していても、この当時、いちばん安い主食は米だった。もっと安い代用食はじゃがいもぐらい
白い米を腹一杯食いたくても食えなかったのが戦中だったのだと、今だに多くの人が思い込んでいる。しかしそれは高価な贅沢品だったからではないということは特筆に値する。
それでも戦争は悲惨
今でこそゲテモノ料理と言えばバラエティ番組のバツゲームか好事家が食べるくらいのものだが、かの「主婦の友」(2008年休刊)に真面目な料理として取り上げられたというのは、にわかには信じられない。
「未利用動物性食品の上手な調理法と貯え方」(『主婦之友』1946年9月号)と題された記事には、戦時中の婦人雑誌が避けてきた「食材」の活用法がついに載った。
〈フランス料理で珍味とされているもの。食用として特に飼ったのもありますが、雨あがりによく木の葉を食んでいる普通のでよろしいのです〉(かたつむり)。〈食用蛙はもちろん、がまや殿様蛙など大抵の蛙は食べられます〉(かえる)〈縞蛇や蝮の付焼は特に強壮剤としても有名です。食べ慣れると後を引くほどの珍味だそうですが、精分が強いですから、あまり食べすぎぬように〉(へび)。
いくら戦前戦中が完全に真っ暗ではなかったとしても、それが日本史において暗澹たる時代であったことは否定できないのではなかろうか。
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