天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々 (メイソン・カリー (著), 金原瑞人 (翻訳), 石田文子 (翻訳) /フィルムアート社)

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アインシュタイン、デカルト、モーツァルトと、名だたる天才たちの日常生活が100人以上も紹介されている一冊。これだけ並べられれば、誰でも一つは「自分とそっくりだ!」と発見し、あるいは自分は天才かもしれないと思ってしまうこと請け合いだが、心配ない。それこそあなたが凡人だという証拠である。
天才の人生も世知辛い
我々は思い込んでいる。歴史に残るような仕事を為した人々には、それに全身全霊打ち込める恵まれた環境があったのだと。しかしそんなわけがない。彼らもまた時間とお金にもがき苦しんで生きたのだ。
たとえばカフカは、1912年に恋人に宛てて以下のような手紙を書いている。
「時間は足らず、体力は限られ、職場はぞっとするほど不快で、アパートはうるさい。快適でまともな暮らしが望めないなら、うまくごまかす技でも駆使して、なんとか切り抜けるしかない」
おお、私はカフカだ! おんなじだ! と興奮してしまう夢追い人は少なくないだろう。とりあえず私は今後、二言目には「カフカだってさ」とクダを巻くつもりである。
天職でさえ辛い
これまた人々は思い込んでいる。あの偉人やこの偉人、好きなことができて幸せだったろうと。そんなわけがあるものか。いくら好物でも三食365日食べれば吐き気をもよおして当然だ。
アメリカの小説家スタイロンは1954年に『パリス・レビュー』でこう語っている。
「正直にいって、書くことは苦痛だ」
また、彼は以下のように特にストイックな生活を自身に課しており、その苦痛はなおさらだったものと思われる。
コネチカットの小さな仕事場の壁には、フローベールの書いた有名な一節をずっと掛けている。「生活においてはブルジョワのように行儀よく規則を守れ。そうすれば、仕事においては暴力的で独創的になれる」。私はこれを信じている。
このフローベールの言葉には、深く同意する。さすがは名作ボヴァリー夫人を書いた偉人。私も常々、人生は普通が一番、異常なのは作品だけで十分だと思っていたのである。
マイペースに尽きる
100人以上も紹介されていると、共通点などが浮かび上がってきそうなものだが、どうしてセオリーのようなものは見当たらない。朝型の人も入れば夜型の人もいる。酒を飲みまくる人もいれば、まったく口にしない人もいる。散歩をしなければダメだという人もいれば、家から出ないという人もある。
デカルトは、優れた頭脳労働をするには、怠惰な時間が不可欠だと信じていて、ぜったいに働きすぎないように気をつけていた。
おそらく一般に思われているデカルトのイメージとは乖離しているが、結局、人なんてのはそれぞれ自分の世界があって、千差万別の生活のススメがあるものなのだろう。
最後に、この本からではないが、最近知って感銘を受けたチェーホフの言葉をひとつ。
「私にとって、医療は正妻であり文学は愛人だ。一方に飽きたら、もう一方と一夜を過ごすのだ」。
マルチ人間なんて言うと特別な人のようだが、ひとつのことだけやって生きられる人など、そういるものではなく、人はみなマルチにしか、つまり清濁併せ呑んでぐちゃぐちゃになって生きるしかないのかもしれない。
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