ブランド―価値の創造 (石井 淳蔵/岩波書店)

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ブランド信仰という言葉がある。その言葉の通り、信じるものには涙が出るほどありがたいものだが、信じない者にとっては屁の突っ張りにもならない。
共同幻想を生きる
我々の生活はブランドに満ちている。牛丼と言えば吉野家だし、ファストファッションと言えばユニクロである。ちょっとリッチに行こうと思えば焼き肉の叙々苑、デパートの三越松屋ということになる。
それらはなんら実態を指し示していないにも関わらず、我々にとって完全に自立した言語表現として機能する。
「「無印良品」ブランドって、何?」と問われて、客観的に何が指示できるのか。ブランドとは、九鬼周造のいう「日本の粋」や山本七平のいう「場の空気」の概念に似て、客観的な存在として存在するというよりも、その存在を了解しあうようなたぐいの存在のようにも思える。
価値はどこからやってくるのか
ブランドは貨幣に似ている。皆が価値があると信じればこそ価値を持つ。見向きもされなくなれば、たちまち価値を失い、ブランドは消滅する。ブランドとは単なる名前ではない。イメージだ。我々はそのイメージを欲望する。
試みに、「一万円」という言葉をつぶやいてみてほしい。我々はそこに、貨幣という無機的な物質なんかではなく、恐ろしく豊かなイメージがともなうことに気がつくだろう。あらゆるイメージは、人間の欲望の変形である。
磯崎氏は、〜中略〜あるスタイルが評判をとり流行となるときには、できるかぎり早くそのスタイルを否定する方向に向かわないとだめだという。
(磯崎新「反スタイル・イッセイ・ミヤケ論」『広告批評』一九九四年一一月号、マドラ出版」)
かつて三島由紀夫が自身のボディビルダー写真のことを謙遜して「逆柱」と言ったのを思い出す。これは「建物は完成と同時に崩壊が始まる」ことから、故意に柱を未完成にしておく俗習だが、どんな世界も、人気は出た瞬間に衰退に向かうものである。
虚栄心とブランド
ブランドという思想は、実に人間くさいものだと思う。よい大学に入ること、一流企業に勤めること、美男美女と付き合うこと、これらはすべてブランド的思考のたまものである。虎の威をかる狐よろしく、我々はブランドによって強くなったり弱くなったり、自信を持ったり失ったりする。
しばしばそのブランド争いに敗れて傷ついて、命さえ捨てる者もある。ブランドなしに人は生きることができない。「平凡な家庭」とて、ひとつのブランドなのだから。
ブランド価値とは、それを手の中につかんだと思ったときには、その指のあいだからこぼれ出してしまうようなものなのだ。
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