ほぼエッセイ、ときどき現代の美術とアート。

さくら水産の品格(ランチ編)

  2016/04/17

食べ放題は下品である。いや、食べることに限らず、基本的に”際限がない”ということは下品とほとんどイコールである。

呑み放題は言わずもがな、カラオケの歌い放題、電話のかけ放題、あるいは全部まとめて”やりたい放題”と、ものは違えどそれぞれに揺るぎない品の無さがある。

人間たるもの節度を失ったらおしまいである。何事もほどほどが一番なのだ。お釈迦様の言う中庸の教えは未来永劫正しい。

前置きはこのくらいにして、さくら水産の話をしよう。ここで「ああ、あれか」と思われた方は、きっと貧しい人であろう。心から同情する。そう、さくら水産は食べ放題のお店ではない。居酒屋チェーンである。それも激安の、東京広しと言えども最底辺の部類に入るお店である。言わずと知れた50円の魚肉ソーセージが名物である。

このさくら水産が、お昼にはランチをやっている。日替わりランチが500円である。A定食とB定食があり、Aが魚介系で、Bがフライ系である。私の感覚値では、A定食を注文する人が7割、B定食が3割程度である。しかし、さくら”水産”というだけあって魚介がうまいというわけでは決してない。逆に、フライが全然おいしくないのである。どこかの学食のように、皿に盛られて数時間は経っているだろう冷えたフライが出されるのである。

そういうわけで、若くてとにかく油分を求めているというような人でない限りは、2、3度もB定食の洗礼を受ければその後はA定食の一択となる。私もまた同様である。しかし、さくら水産のランチの本質はそこではない。注目すべきは、生卵、ごはん、味噌汁、味付け海苔が食べ放題であることなのである。

特に生卵の食べ放題は根強い人気を誇っている。私も上京後はじめてこのお店に連れて来られたときは、言いようのないテンションの高揚を覚えたものである。確か、勢いで3個くらいは食べてしまったのではなかろうか。

なつかしい。身も心もすっかりあの頃とは変わってしまった。そんな心持ちで、久しぶりにさくら水産のランチを訪れた。相変わらず500円であった。上京から現在に至るまでの間に消費税が3%上がったはずなので、企業努力のたまものか、あるいは品質が少なくとも3%は下げられたということであろう。

それはともかく、山と積まれた生卵との邂逅である。しかし、感激はなかった。もう、そういう歳ではないのである。とはいえ、卵を食べないという選択をするほどの歳でもない。そうして私は一個だけ手に取った。まさにお昼時で混み合っており、課長あたりだろうサラリーマンと相席になった。

私も課長もA定食であった。まずは一口。本日の魚は、さわらの西京焼きである。うまいと言えばうまいし、うまくないと言えばうまくない、言い換えれば「さくら水産らしい」というようなお味であった。

ふと顔を上げると、課長の食事スタイルに瞠目した。課長はまず、盛大にごはんに味噌汁をぶっかけた。それを、じゅるじゅると、まるで深酒のあとのお茶漬けのようにすすった。そして時々、さわらの西京焼きをつまんだ。

私は思った。課長は、根っからのビジネスマンなのだ。それで、一分一秒を争うのだろう。昼飯なんざ、ちゃちゃっとかきこんでおしめえよ、とでも言うような。しかし、課長はぶっかけ飯を食べ終えると、ゆうゆうと席を立った。セルフサービスのおかわりである。

戻ってきた課長の左手には卵が2個と、味付け海苔が数袋握られていた。そして右手には味噌汁があった。課長はよっこらしょと腰を下ろし、おもむろに玉子をテーブルにぶつけた。空っぽになった茶碗に、ひとつ、ふたつと割り入れた。

次に、そこに熱々の味噌汁を注いだ。そしてぐるぐるとかき混ぜた。自席からは確認できないが、おそらくは卵がやや半熟になっているのであろう。最後に、味付け海苔を2袋開けて、つまり計10枚ほどをぷかぷかと浮かべた。

私はただの客に過ぎない。お店の人ではない。それはよくわかっている。しかし、正直なところ「お客様!」と横槍を入れたくなってしまった。「お客様! 生卵も味噌汁も味付け海苔も食べ放題ではございますが、お席でお料理されては困ります!」

確かにそれは新しい料理であった。おかわり自由の範疇を超えていた。あるいはお昼に何を食べたのかと尋ねられ、課長はなんと答えるのだろう。「味噌リゾットの白身魚添え」か「ふわふわ半熟卵の味噌仕立てポタージュ」か、なにか。

率直な価値観で言えば単純に下品だと思う。あるいは自分の父親がこのような食べ方をしていたとしたら、とても感心できたものではない。しかし、もはや何を食べたいと思ってさくら水産に来たのかすら不明なこの課長が、いかにもうまそうにじゅるじゅると食べているのを見ていると、この世には下品も上品もなく、ただ”好きなものを好きなように食いたい”という衝動があるだけなのだろうなという気がしてくるのだった。いや、まじめな話。

関連記事:さくら水産の品格(居酒屋編)

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