ほぼエッセイ、ときどき現代の美術とアート。

さくら水産の品格(居酒屋編)

  2016/04/17

大人と呼ばれるようになって十年も経てば、誰しも”酔いどれたい”という日があるものだ。

それも気取りなく、適当に、ざっくばらんに、そして何より安く酔いどれたい。

そんな時に行きたい店の不動の一位、英語で言えばナンバーワン。そう、それがさくら水産である。

私は、大人になってこのかた、居酒屋と名のつくところで値段を見ずに注文できた試しがないのだが、このお店だけは別である。酒もつまみもすべてが安い、安心安全呑めや唄えやの優良価格である。

余談だが、子供の頃は大人になりさえすればみんな金を持っているものだとばかり思っていた。言うまでもなく、それは勘違いというか幻想も甚だしかったことを、中年に差し掛かったいま、日々しみじみと痛感している次第である。

それはさておき、さくら水産のメニューをいくつか列挙してみよう。いずれも2016年2月時点のデータである。

・魚肉ソーセージ:50円(税込54円)
・まぐろあら煮:80円(税込86円)
・鶏ひざ軟骨唐揚げ:290円(税込313円)
・特大さば一夜干し:390円(税込421円)
・サッポロ 生ビール黒ラベル樽生 中(380ml):390円(税込421円)
・さくら水産ワイン 720ml:850円(税込918円)
・トライアングル700ml:1,050円(税込1,134円)

これぞTOKYOだとお感じいただけるのではないだろうか。東京五輪のオフィシャルスポンサーになっていないのが不思議である。これぞ居酒屋の鏡だと思う。お通しから氷からいちいち高く、いくらかかるか不安で酔えないというような居酒屋を経営されている守銭奴諸氏には、可及的速やかにさくら水産で実地研修いただき悔い改めることを切に希望する。

御託はこれくらいにして、なにはなくともさくら水産に入店することにしよう。まず、かなりの高確率でたどたどしい日本語を懸命に操る中国系の店員に案内されることになる。なぜなら、さくら水産は積極的に外国人を雇い入れているからである。

やっぱり店員は日本人の方が落ち着くよという方もいらっしゃるだろうが、まずは座ってメニューを開こう。そして値段を見てみよう。途端に、店員が何人だっていいじゃないか、地球はひとつだ、人類皆兄弟だという博愛精神が込み上げている自分に気がつくはずだ。

口頭で注文すると、真顔でじっと見つめてくるばかりで、うんともすんとも言わず下がって行ったとしても、たいていはちゃんと運んできてくれる。飲み物や料理をガツンとかドスンとか乱暴に置かれるのだって、かの国では愛嬌かもしれない。それこそ呑んでいるだけでグローバルな国際感覚が身に付き一石二鳥だとも言えるだろう。

いや、小難しい理屈は抜きにしよう。ことさくら水産においては、好きなものを好きなだけ食べて呑めばいいのである。もちろん、さくら水産のヘビーユーザーである私も、昨今の健康志向に照らせば”最低”のそしりを免れないメニューも少なくないことは認めよう。たとえば「いか丸ごと天ぷら」なんて、「丸ごと衣天ぷら」と名前を変えたほうがいいような代物である。

しかしせっかくの外食に来てまで健康のことを考えるのはいかがなものか。そもそも外食なんてものは、多かれ少なかれ素材から味付けから、不健康とまでは言えないにしろ、何が入っているかわからない、甚だ不透明な信用ならないものなのである。だとすれば、健康な食事は家でこそ実践すればよいではないか。油でも米でも野菜でも、納得のいくまでこだわって食べていればいいではないか。仮に平素そのように気を使っているならば、たまに訪れるさくら水産は、ただただ愉快で有益な食のワンダーランドでしかないのである。

身構える必要はない。気楽に行こう。必要なものは少しのお金と仕事の疲れ。それに生活の倦怠や将来への不安なんかがあればもう十分。中原中也の詩でも口ずさみながら、行こうよ呑もうよさくら水産。

”汚れっちまった悲しみに なに望むなく願うなく 汚れっちまった悲しみに なすところもなく日は暮れる”――イラシャマセ! 今宵もまた、中国系店員の真顔のお出迎えで乾杯といこう。 

関連記事:さくら水産の品格(ランチ編)

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