コロナかもしれない人々は(5)コロナ容疑者、釈放される

シリーズ連載「コロナかもしれない人々は」
  1. 地元には帰れない
  2. 自力でレンタカーor自腹でホテル
  3. 海外帰国者、コロナの疑いにつき
  4. 真剣!体験!唾液しぼり
  5. コロナ容疑者、釈放される

ようやくで試験管の赤線まで唾液が溜まり、ふたをして受付にもってゆく。

渡すと個人名ではなく「0034」という番号のついたラベルを貼られた。保健所で匿名で受けられる無料のエイズ検査と同じ流れである。結果は2、3時間で出て、その番号で呼ばれるという。

通常の空港内の待合室で待つ。窓外が少しずつ白んでゆく。長丁場になるだろうという予想に反して、1時間とかからず番号が呼ばれた。

結果は陰性で、あとはそのまま外に出された。

正直、拍子抜けという他ない。いくら国内線乗り継ぎを含むすべての公共交通機関の使用を禁じ、隔離期間中の滞在場所の住所、電話番号、おまけに空港からの交通手段まで書面で提出させても、最後の最後がこれでは野放しも同然であろう。

むろん、日本では国家が国民の良心や自主性を信頼しているのだと言えなくもない。しかし、それは放任主義の親が我が子の逮捕された時なんかに言う「子供を信頼していた」と変わらないそらぞらしさで、ずさんと無責任の言い訳でしかない。

羽田空港からは海外帰国者専用の無料シャトルバスが出ていた。私はそれでホテルまで行き、チェックインを済ませた。隔離期間中はなるべく外に出ないよう勧告されていたが、誰が世話をしてくれるわけでもない状況で、14日間も一切外に出ずに過ごせるわけがない。

私はコンビニにも行ったし、コインランドリーにも行った。当然だ。そもそも日本国民のほとんどは受けたこともないだろう国家基準のPCR検査で陰性のお墨付きをもらっているのである。そこらの無症状の保菌者、隠れ陽性に比べればよほど自信を持って陰性だと言えるはずだ。

そう考えると、14日間の隔離期間とはいったいなんなのだろうか。国は対策を講じているんだというパフォーマンス、世間への建前のために隔離されているとしか思えなかった。

滞在3日目に電話があった。実家のある広島の片田舎の保健所からで、体調に問題はないかという確認だった。毎日自主的に検温していたし、体調にも問題はなかった。そう伝えると、気をつけてお過ごしくださいと言われた。

14日間というのは、決して短い期間ではない。私個人はインドア派で、閉じこめられていても何の苦痛もない。それに加えてWEBデザイナーという職業柄、インターネットさえあればどこでも仕事ができるので、経済的なダメージもない。言うまでもなくそんな人ばかりではない。大げさではなく、そのまま路頭に迷う人がいてもおかしくない。

隔離期間の最終日に、ふたたび保健所から電話があった。今日で終了となりますが、これからも手洗いうがいを忘れず、マスクをして気をつけて生活してくださいとのことであった。

隔離期間があけた翌日、私は高速バスで東京から広島の実家に戻った。幸い私の両親は快く受け入れてくれたが、最近の地方では、東京から来た人も忌避されるという。

そのような人にとっては、ロサンゼルスと東京の混ざった私は病原菌そのものであろう。実際、私の実姉は恐れて2週間以上も寄りつかなかった。

後日、ニュースを見ていると菅総理が記者団に向けて演説をしていた。ベトナムにインドネシアと、外遊にでかけた成果を伝えているらしい。ソーシャルディスタンスらしきものは見てとれるが、マスクも仕切りのアクリル板もない。何より、14日間の隔離どころではない帰国直後である。

真面目な話、ウイルスは貴賤や貧富を選ぶのだろうか。あるいは、菅総理の場合は特別なのだろうか。私の管見では、確かそのような態度をご都合主義という。

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新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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