美術家 新宅睦仁のブログ。ほぼエッセイ、ときどき現代の美術とアート。

実家という退屈

 

実家に戻ってから二ヶ月ほどが経つ。

それについて何かしら書こう書こうと思いながら、ただ時間が過ぎた。

しかし実家とは、まさにそういうところなのだろうと思う。

抗う必要も戦う必要もなく、もっと三食昼寝付きとあっては、脳みそが溶けない者がどこにあろう。

そうして脳みそを耳孔から漏らしながら思い考えることは、どうして案外にのん気ではない。

嫌でも直面させられる父母の老い。つまるところそう遠くない将来、この場所は失われることがわかる。

それは直感だとか予想だとかいう曖昧なものではなく、絶対に訪れる現実なのだ。

そんな時、私は決まって(どうせみんな死ぬんだから)などとうそぶく。諦観でもってこの世自体を突き放す。にも関わらず、胸の奥底に確かな動揺が生じていることに気がつかざるを得ない。

深夜にふと目が覚めることがある。二階の両親の寝室から、父のいびきが聞こえる。私はそれが止まる日のことを思う。母には父のいびきが悩みの種である。止まればもちろん、静かになるだろう。眠れないほど、静かになるだろう。

新宅 睦仁

1982広島県生/2005九州産業大学卒/2013新宿調理師専門学校卒/現代美術家/シンガポール在住のカトリック。牛丼やカップヌードル、コンビニ弁当等、食物をテーマに作品を制作している。無類の居酒屋好き。★最近の読書メモ

Latest posts by 新宅 睦仁 (see all)

前の記事
あなたの存在意義
次の記事
狂ってない人

  関連記事

浮かび浮かばせる手

2008/01/28   エッセイ

居酒屋に一人で来た女を見た。場末な雰囲気も漂うしみったれた居酒屋で、ギャルと呼ん ...

料理レシピ:鯵の小袖寿司

2012/05/02   エッセイ, 料理

アメダス。雨です。しとしとぴっちゃん。ちゃんちゃんころりんのちゃんこ鍋ちゃん。 ...

距離をはかる

2017/10/31   エッセイ

私は中年である。しがないおっさんの人生において何が辛いかって言ったら、自分の理想 ...

記憶の出ずるところ、向かうところ

2013/02/23   エッセイ, ブログ

妹が近々結婚するという。日取りなどという話ではないが、いよいよ現実味を帯びている ...

指先で疑う

2008/07/29   エッセイ

声しか聞いたことがなかったけど、今日はじめて顔を見た。 ラジオのパーソナリティー ...