狂ってない人

  2020/08/25

先日、別れ話のもつれから、25歳の男性が元交際相手の22歳の女性を殺害したという事件があった。

男性は犯行を認めており、「彼女なしでは生きていられない」と供述しているという。
「彼女なしでは生きていられない」22歳女性殺害 https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20190125-00000030-ann-soci

その「もつれ」から、被害女性及びその父親はすでに警察に相談していた最中に起こった事件だそうで、悲惨としかいいようがない。

それはそうに違いないのだが、この事件に接して私が感じたのは、不謹慎のそしりを覚悟で言えば、同情混じりの共感というべきものであった。

少なくとも、彼は狂おしく彼女に恋していたのだということがわかる(それは決して愛ではなく、文字通り心が変になる恋である)。恋をしたことがある人なら誰でも、この「狂う」という気持ちがわかるのではないだろうか。

とはいえ、この世知辛い昨今では、恋なんていうくだらないことに身悶えするような人は皆無なのかもしれない。先のニュースのコメント欄に『殺しちゃったら、今後の人生はずっと「彼女なし」状態になっちゃうでしょうに。』という、いかにも生まれてこのかたずっと「正気」だというような物言いが上位に来ているのが、その証左であろう。

むろん、彼の凶行を美化する気などさらさらない。ただ私は、人に恋するとは時に殺意をもはらむ暴力性を含んでいるのだというひとつの真理を見るのである。

現に私もかつてそのように狂っていた時分があって、それこそ殺す方法、そしてついに実行する場面を繰り返し夢想したものであった。

たまたま私は実際にはしなかっただけで、件の彼と同じ思考回路を持っていることだけは確かだろうと思う。

私は危ないやつで、狂っているのだろうか。他方、あなたは狂っていないのだろうか。しかし本当の狂人は自身ではその狂気に気がつけないらしいから、私は狂っていないと思い込んでいる狂っている人の方がはるかに狂人に近いのではないか。

そう考えると、たぶん私や彼の方が正常でまともなのではないかとも思えるが、狂っていないあなたにはとても理解できない話だろうから、これくらいでやめておく。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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