戦後引揚げの記録 (若槻 泰雄/時事通信社)

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私を含め、直接に戦争を知らない世代の人間の「終戦」のイメージは、ほとんどイコールで平穏な日常への回帰であり、平和の回復であろう。

しかし本書を読むと、終戦のあとにも、どれだけの苦難と悲惨が長く尾を引いたかということが、吐き気がするほどの圧倒的な現実として理解される。

つまり、戦争は終わればいいというものではない。まず始めないことのほうが、何万倍も重要である。

外界から隔絶された集団生活は、日系人のなかに一種の集団ヒステリー症状を起こさせた。戦前の「万邦無比」「神国日本」の神話の下に教育された“日本精神”は、多数民族である白人社会から長い間差別されてきたことによってかえって強化され、彼らは心から日本の不敗を信ずるようになったのである。ブラジルにおいても、戦後、カチグミ・マケグミ騒動が起こり、終戦直後は、在留邦人の90%以上がカチグミであり、その残党は10年後もなお健在であった

中国では昔から、「好鉄不打釘、好人不当兵」(よい鉄は釘にしない。よい人は兵隊にはならない)という言葉がある

日本軍はみずからを「天皇の軍隊」――「皇軍」と称していたが、中国人はこれを“蝗軍”――その襲来とともに何もかも食いつくし、すべてを荒廃せしめる“いなごの大群”――と呼んでいた

“人民裁判”という形式もしばしば用いられた。若い読者のために、“人民裁判”というものを簡単に説明すると次の通りである。
罪状を書いた看板を肩からかけ、円錐形のとんがり帽子をかぶせられた被疑者は、公安当局によって適当な広場に連れ出され、動員された何百人、あるいは千人以上もの一般民衆がこれをとり囲む。“司会者”(?)の指導の下に、民衆の中から次々と被疑者を糾弾するものが現れ、口角泡を飛ばして大演説をぶつ。その大部分はあらかじめ準備された“証人”であって、群衆の中に配置されたオルグの「そうだ!」「やっちまえ!」などの怒号によって、場内の空気は異様に高まってくる。この情景を冷笑したり、沈黙したりしていては、“反動”の同情者とみなされ、どんな報復を受けるかも分からないので、群衆も声を限りに被疑者に罵声を浴びせかける。
被疑者には一応弁明の機会も与えられるが、つたない通訳では、自分の意志の1%も表現することはできまい。それよりも、被疑者の声はたちまち群衆の怒号にかき消され聞こえるはずもない。時をみて、司会者が死刑を提案するか、あるいは「いかなる罪刑を与えるべきか」を群衆に問いかける。もちろん「死刑!」「殺してしまえ!」の叫びは場内に満ちあふれるであろう。こうして被疑者は群衆の前で直ちに銃殺に処せられるわけだ。

それは平和な時代に新聞の紙面に印刷された“婦女暴行”などとは、全く次元の異なる世界なのである。咸鏡南道の興南市では、日本人の子供たちの中で、“ソ連ごっこ”がはやった。“ソ連ごっこ”とは、日本人の女性になった女の子を、ソ連兵の役になった男の子が「マダム・ダワイ」(「マダム、来い」あるいは「やろう」)と追っかけ回すのだという。日本人の男性の役を演ずる男の子が「マダムはいない」と、ソ連兵を阻止しようとし、三つどもえの鬼ごっこをくりひろげるという陰惨極まりない“遊び”なのである。

『浦上切支丹史』によれば、幕府は切支丹を捕えて、台打、石抱、算盤責、海老責等の拷問を繰り返し、最後は火あぶりの刑に処した。つかまえられたものは拷問の間、牢屋で、三合の飯を与えられていたのだが、当時一升飯を食べていたといわれる農民は、毎日続くこの三合というわずかな食糧に堪えきれず、続々と改宗したといわれる。あの、あらゆる拷問に堪え、従容として焚刑に処せられたキリシタンが――である。

     

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