わかる?現代アート (小笠原 年男/文芸社)

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正直なところ、著者に対してあまりいい印象を持っていなかったのだが(この方の著書を拝読するのは「キャラクターズ」から2冊目)、本書があまりに素晴らしかったので、自身の偏見を反省している。

観光でもなんでもいいから海外へ行くなどして、身を置く環境を変えると、必然的にGoogleに入力する検索ワードが変わる。それは新しい世界に出会うことだ、という指摘にはハッとさせられた。物理的に肉体を移動させれば、フィルターバブルなんてものは軽く飛び越えられるんだな、と。

アメリカの社会学者、マーク・グラノヴェターが1970年代に提唱した有名な概念に、「弱い絆(ウィークタイ)」というものがあります。グラノヴェターは当時、ボストン郊外に住む300人弱の男性ホワイトカラーを対象として、ある調査をしました。そこで判明したのは、多くのひとがひととひとの繋がりを用いて職を見つけている、しかも、高い満足度を得ているのは、職場の上司とか親戚とかではなく、「たまたま パーティで知り合った」といった「弱い絆」をきっかけに転職したひとのほうだということでした。深い知り合いとの関係よりも、浅い知り合いとの関係のほうが、成功のチャンスに繋がっている。これはいっけん奇妙な結果に見えますが、ちょっと考えてみると当然のことだとわかります。かりに、いまみなさんが転職を考えているとしてみてください。そのとき、友人や同僚は、みなあなたの現職を知っているし、性格や能力も知っています。だとすれば、どうしても、あなたにとっても予測可能な転職先しか紹介してくれません。

ぼくらはいま、ネットで世界中の情報が検索できる、世界中と繋がっていると思っています。台湾についても、インドについても、検索すればなんでもわかると思っています。しかし実際には、身体がどういう環境にあるかで、検索する言葉は変わる。欲望の状態で検索する言葉は変わり、見えてくる世界が変わる。裏返して言えば、いくら情報が溢れていても、適切な欲望がないとどうしようもない。

身体を一定時間非日常のなかに「拘束」すること。そして新しい欲望が芽生えるのをゆっくりと待つこと。これこそが旅の目的であり、別に目的地にある「情報」はなんでもいい。「ツーリズム」(観光) の語源は、宗教における聖地巡礼(ツアー)ですが、そもそも巡礼者は目的地になにがあるのかすべて事前に知っている。にもかかわらず、時間をかけて目的地を廻るその道中で、じっくりものを考え、思考を深めることができる。観光巡礼はその時間を確保するためにある。旅先で新しい情報に出会う必要はありません。出会うべきは新しい欲望なのです。

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