女の一生 (伊藤 比呂美/岩波書店)
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本書は新聞紙上でよくある読者相談の形式をとっているが、並の回答ではない。ひとつひとつが恐ろしく的確であることはもちろん、重く、生々しく、激しい。
女に生まれるということ
私は男であるので、男であることそれ自体で享受している利益に無頓着である。そしてなにより、世の大多数の男と同様に、女であること、ただそれだけで被っている不利益に無神経である。
フェミニストかと聞かれると、その昔、数十年前は否定していました。いや別に、ただ女であるだけです、と。しかし今は、違います。ただ女であるだけです、それだけで充分です、女として生きる、不利益を感じる、むかついて、何がしかの抵抗をする、それがもう、堂々のフェミニズムじゃないか、自分は、ど根性のフェミニストじゃないか、そう思っています。
私は今日の今日まで、フェミニストの意味をいまいちつかめないでいたのだが、これを読んで初めてフェミニストの何たるかを理解した。フェミニストとは、この世のいたる所で待ち受ける女性に対する障害に声を上げる人のことなのだ。
ちなみに、本書のタイトルはモーパッサンの代表作「女の一生」からと思われるが、それについての言及は見当たらない。
教育とは洗脳でもある
これはよく言われることであるが、実際その通りである。その証拠に、我々は自己のもつ真善美が教育されたもの、洗脳により植えつけられたものだとは考えない。
むしろ手足のように、生まれた時からずっと変わらずあって、勝手に機能しているもののように思っている。
親とは、育ててくれるありがたい存在ですけれども、ときに、というより、ほとんど、わたしたちに呪いをかける厄介な存在です。その呪いは、親心や親の愛という強力な呪術でできていますから、なかなか解けません。呪いをかけられていることに気づかない子すらいます。
公教育が洗脳ならば、親の教えが呪いだとしても不思議はない。
実体験として、私はながらく自分のことを「やさしい人間」だと思い込んでいた。幼少の頃から両親や祖母が何かにつけて私のことを「やさしい」と言うものだから、それをそのまま自己のアイデンティティとして鵜呑みにしていたのである。
自分がやさしくない、むしろ自己中心的で非情な人間だとはっきり気がついたのは、二十歳も過ぎた頃である。呪いであればこそ、死ぬまで気がつかない人も大勢いよう。
本当のところを知らない
食べ方の汚い人が嫌いだ。箸の持ち方がおかしい人は軽蔑だし、クチャクチャいう人には寒気がする。私の価値観が、そう断罪する。
しかし、本当に皆が皆、そのような不快な態度を自分自身でコントロール可能なのだろうか。努力いかんで矯正できるものなのだろうか。
生活習慣病と言えば心臓疾患や脳卒中ですけれど、父の退屈や無聊も、ある意味で、生活習慣病なんじゃないかとわたしは思っていました。何もしないで受動的に生きる、そういう生活習慣病をつくったのは父で、もしもっと何か、積極的にできていたら、彼の老後の数年間は、もっと違うものになっていたんじゃないか。
でもまた、私は考えるんです。年を取るというのはそういうもの、やる気がなくなり、沈みこんで、衰えていくのかもしれません。もしかしら、一見普通に見えてただけで、父の脳はちぢんでいって、何にもできなくなってたのかもしれないんです。
人はみな、自分を基準として人を測る。自分にできることは人にもできて当然と考える。だが、皆それぞれ、自分ではどうしようもできないことがある。
どうしようもないことは何もない、おまえの努力が足りないだけ、そして自己責任だなんだと脆弱な個人を死ぬまで糾弾するのが昨今の時流であるが、それで何になるのかと考えると、きっとむなしい。
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