本当の本当

  2017/08/22

大人になればなるほど時間はあまりにも早く流れていく。

以前はそのことをただ忌々しく思っていたけれど、最近はすこし違う。それは夢中にも似て、あるいは快感に近いものがあるのかもしれないと思う。

実際に全力で走るのと同じで、わき目も振らず猛然と駆けている時は、何もかも、自分の身体さえも忘れるようで快い。しかしひとたび立ち止まると、心臓が早鐘を打ち、息が上がり、汗が噴き出していることに気がつく。膝だって笑っているかもしれない。

むろん比喩ではあるが、現実でのそれは、たとえば今日みたいに会社を休んだ日にあたる。

そのような時、私は日がな一日、頭の中で平素のタイムスケジュールと現実を比較して過ごす。今ごろは本当なら電車に乗っていたはずで、本当なら会社に到着していたはずで、本当なら仕事をしていたはずでと、終業の時刻になるまで終始その調子である。

しかしその〈本当なら〉という考えもおかしな話で、本当はあくまでも会社を休んでいる今この瞬間の方である。にも関わらず、架空の本当の方をこそ、まさに現実であるべきと考えているのである。

これはきっと〈呪縛〉と呼ぶべき観念なのだが、しかし、いつもは気がつくことがない。言うまでもなく必死で疾走しているからで、そうであればこそ、無理やりにでもイレギュラーな日を設けて立ち止まり、この呪縛を思い出さねばならないと私は思う。

そうして立ち止まって気がつくのは、想像以上の疲労であり、まとわりつく疑問であり、拭い去れない虚無である。とにかくは私はいったい何をやっているんだろうという俯瞰的な観点である。とはいえ、別に答えなどない。首でも吊らない限り、劇的に何かが変わるわけもない。ただ、そのようなことを、あてどもなく思い、思い、思い、考え、考え、考える。

やはり答えはない。ただ、そういう日がなければ私が私ではなくなると感じている。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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