今までの人生で、今日がいちばん老いぼれの日
「残りの人生で、今日がいちばん若い日」と題された本を見かけた。ああ、なるほどなあと思ってから、しばらく、いや待てよとなる。
なんだこの気持ちの悪い、みつを何某のような寒気はと。むろん、内容は違うのかもしれない。そもそもなんの本かも知らないし、別に読む気もないが、しかし。
思うに、このタイトルはあまりにも楽観的なのだ。どう転んでもこれからまだ自分は生き続けるだろうと思っている。思い込んでいる。その浅薄であること、どこぞの成人式の輩にも重なる。
とはいえ、便所の壁にかけるカレンダーなんかには悪くないかもしれない。昔、実家の便所にかかっていた「にんげんだもの」とかいう戯言も、糞をひりながら読む分には妙な説得力があった。
そうか、これは糞にまつわる本なのではなかろうか。話のさわりはこうだ。糞をひり終え、立ち上がって水を流そうとするその刹那、ちらと目に入った我が身からひねり出された汚物に、はっと自分が単なる動物であることを思い出す。
動物であることを思い出すということは、自分が生きていることを意識することでもある。水を流すレバーに手をかけて、思う。否、思い知る。私は、生きている。
生はすなわち死でもある。私はいま生きているけれど、いつか死ぬ。死ぬのだ。すると、自然「残された人生」という問いが立ち上がってくる。
便器の中の水たまりで溶解して渦巻く糞。我が糞。気持ちのいいものではない。だがその色は、どうして悪くない。むしろいい。それはまったく、屈託のない糞だ。元気そうな、ほがらかな糞なのだ。
まだ、若い。それは確かな手応えをともなう実感だった。思わず口角が上向く。ざっと水を流す。糞で濁っていたのが、たちまち透明になる。清浄になる。それで何か悟ったような気になって、いやもっと何か大きな力に悟らされたように思われて、ひとりつぶやく。「残りの人生で、今日がいちばん若い日」なんだよな、と。
好き嫌いは分かれるし、言うほどおもしろくもない。そんな感じの本。たぶん。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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