牙を抜かれた現代ダーツ
最終更新: 2025/04/20
ダーツバーなるものに行った。
別に行きたくて行ったわけではない。とある懇親会で用意された会場がたまたまそのような場所だっただけである。
正直なところ、”ダーツ”という響きにも”バー”という単語にも好感を持っていない。どちらも歩けばチャラチャラ音がするような阿呆が騒いでいるか、あるいは自分に酔って静かにしているかくらいのイメージしかない。
それはともかく、お店に入る。人の声よりもゲームセンターのような電子音が目立って響いていた。最奥部にダーツの的がある機械が5台ほど設置されており、2、3の客がダーツに興じていた。
それを尻目に、8人ほどのメンバーで乾杯をして呑み始めた。飲み放題付のコースで、料理は生ハム、フライドポテト、ピザなど、よく言えばバーらしく手でつまめるような軽食、率直に言えばカロリーばかり高くて栄養価の低い調理簡便な料理が続いた。
その背後では、終始ダーツの機械がズキュンとかバキュンとかデロリンとか、そういう電子音を発していた。そこに時折、ワッとかキャッとか、あるいはヤッタとかいう歓声が混じった。
一時間ほど飲んで酔いが回り始めたころ、メンバーのうちの一人がせっかくだからダーツやりましょうよと言い出した。すでに話題も尽きているのか、みな同意して、ぞろぞろと席を立ってダーツの機械に向かった。
余談だが、「せっかくだから」という単語ほど言い訳がましいというか、日本人らしい表現もないだろうと思う。日本に来られる外国の方々には、日常の挨拶なんかよりもまずこの言葉を覚えることをおすすめしたい。観光にしろ食事にしろ、とりあえず「せっかくだから〇〇」と言いさえすれば、何らかの利得に預かれること請け合いである。
とはいえ風俗関係のお店ではタブーである。「せっかくだから」以降はすべて別料金になるのであしからず、である。
閑話休題。
誰が言ったのか、2チームに別れて戦おうということになった。酔っ払い連中が4人ずつに分かれた。それはともかく、私にとっては生まれて初めてのダーツであった。それで矢にしろ的にしろ、一つ一つがもの珍しく、どういう作りになっているのかとまじまじと見て触って観察した。
知らなかった。昨今のダーツの矢には”針”がついていないのである。今の今まで、ダーツの矢というものは人に刺されば血が出るような鋭利な針がついていて、的はコルク製でその上にベルベットみたいな布が貼られている。そこにグサグサと突き刺して遊ぶものだとばかり思っていたのである。
しかし現在のそれは完全な”電子機器”であった。針としてついているのは固めのプラスチックで作られた、針というよりは突起というべきもので、的は的でこれまたプラスチック製の、矢の突起が刺さるようブツブツのいちごっ鼻的な穴が無数に開いているという代物なのである。
別にダーツの歴史も変遷もまったく知らないし興味もないが、なんと味気ないことであろうかと思わずにはいられなかった。ダーツの醍醐味は――と言っても初めてやったんだけど――なんと言っても”凶器をぶん投げて物理的に突き刺す”という男性的感覚にこそあるのではないだろうか。それがヘナヘナのプラスチックがついた矢をあらかじめ穿たれている穴に差し込むだけとは、もはやこれはダーツとは名ばかりの似て非なるものであろう。
それ故かもしれない。そこには凶器を扱う時に必然的に流れる緊張感のかけらもなかった。あるのはただ、ゆるゆるに弛緩したどこまでもお遊びのおふざけでしかなかった。あるいは子供のそばで包丁を持ってネギを切る母親のほうが、よほど緊張感があるだろうと思われた。
しかし、誰もかれも、そんなダーツの本質など一顧だにせず、無邪気にキャッキャとダーツという名の電子機器で戯れるばかりであった。
私は思った。これは古典的なダーツではなく、”現代ダーツ”なのだと。そしてそれは現代アートと同様、どこまでも古典とは相いれない、むしろ対立せざるを得ない性質のものなのだろうと。
そういえば現代アートにも、この種の弛緩というか緊張感の欠如をしばしば感じるのは、私のうがったものの見方か、単なる気のせいか、どうか。

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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