6億円+懲役7年くらい愛してる

  2016/04/17

世界中の数奇な事件を再現VTRで紹介するという番組を見た。その中で、改めてネットで調べてしまうほど考えさせられる事件があった。

2012年にあった、会社の金を横領して、キャバ嬢に6億円貢いだという男の話である。うだつのあがらない20代後半の男性。ことの始まりは、たまたまキャバクラに行ったことであった。そしてひとりのキャバ嬢の営業スマイルを、純粋な好意だと勘違いしてしまったのである。

ほどなく男は通いつめるようになった。ある日、女はそれとなくお金に困っているようなことをほのめかす。男はちょっといいとこを見せたい程度の気持ちで工面してやった。女はとても喜んだ。男は自分が頼られていると感じ、うれしさとともに、背筋が伸びるような思いであった。

それからの女は、あれやこれやと理由をつけては男に金を無心するようになる。要求額はどんどん上がっていった。普通の男ならせいぜいがキャッシングであり、各社のカードが限度額に達してブラックにでもなればそこで終わりである。しかし男の仕事はとある中小企業の経理であった。幸か不幸か、会社のお金を管理する立場にいたのである。

男は女に会いたい。そして助けてあげたい。その一心である。そしてとうとう、男は一線を越えて、会社のお金を操作し、自分の口座へと移動させるようになる。そこから、女へと渡した。何度も、何度も渡した。

最初のうちは女と会えてもいたのだが、しかし、途中からはまったく会えなくなってしまった。しかも結局それは5年間にも及び、実質最初のうちのほんの数ヶ月しか一緒に過ごせてはいないのである。女は男に、「大病をわずらって集中治療室にいる」、「面会謝絶だからお見舞いに来てもらっても会えない」、「手術にお金が必要」云々と、とにかくはそういう嘘八百でもって、男を騙し続けた。

そうして貢いだ金額は膨らんでいったのだが、女は男から得た金を、そっくりそのまま入れ込んでいるホストに貢いでいたのであった。男→女→ホスト。そのようにして金はきれいさっぱり流れていった。男は、会社の金を横領し、女への振り込みを繰り返した。5年超の間に、その額は6億円にも上っていた。税務署の調査で事件が発覚し、男は逮捕された。男は洗いざらい話し、懲役7年という判決を受けた。

この事件に接して、あなたは誰が悪くて何が悪かったと思うだろうか。男が馬鹿だったのか、だました女が悪いのか、その両方だろうか。しかしとにかくは、だました女は実質お咎めなしである。そんなのおかしいよと思わず言いたくなるが、しかし、他愛のない嘘とも言える。そう、ふつうの飲み会と偽って合コンに行くような、わざわざ司法が介入するようなものでは決してない、そこら中に腐るほどころがっている安っぽい嘘。

人間というものを思う。恋愛というものを思う。想念というものを思う。そのパワーを思う。『男はつらいよ』の寅さんだったか、行動で示さなきゃ愛してないのと同じだよと言っていたが、それを字面のままに受け取れば、男の行動は圧倒的な愛である。

話は変わるが、いま、季節は冬である。もうすぐクリスマスでもある。カップルが東日本大震災でただれた原発を横目に、イルミネーションの光を浴びながらほくほく顔でそこらをねり歩くのである。てめえら、ほくほくさせるのは股間だけにしとけよと言いたいが、それはともかく、そこのカップルのかたわれに問いたい。「その女のために、6億円と懲役7年を賭けられるか」と。もちろん、6億円と懲役7年というのは結果である。6億円貢いで捕まった男だって、キャバクラに最初に行った日に「あなたはこの女を6億円と懲役7年分愛せるか」と問われたとしたら、いやいやそんな馬鹿なとなるであろう。

5年という時間の中で、いろんなやり取りがあっただろう。男は女の連絡に一気一憂し、妙に浮かれている日もあれば、傍目にも心配なほど沈んでいる日もあっただろう。そこに女の実体、少なくともにおいでもあればよかったのだが、そもそも会ってさえもいないので、まったくもって何もない。影も形もない存在を、家族といえど気づけるものではない。そうしてはたから見れば男の気分の浮き沈みは、病気かなにか、相当に奇異に映っただろうと思うのだ。

それはもう、男自身、よくよく思い返しみてもわからないような、ふわふわとした5年間だっただろう。いったいあれは、なんだったのか。男は女が退院した暁にはプロポーズし、結婚するつもりだったのだという。しかし女は男から得た金をすべてホストに貢いでおり、一銭も残していないのであった。

時間の中で人は生きている。時間とともに、人は変わっていく。5年前と5年後という点と点をくらべればはっきりと変化に気づけるのだが、人間にとって時間とはたった一本の線である。たとえば、ほんのわずか傾いた線の傾きに、人は気づくことができない。それに、5年前も、5年後も、相も変わらず一本の線である。そしてこれからも、永遠に一本の線である。男の人生が傾いているのか、女の人生が傾いているのか、我々は我々の地平から判断するが、我々もまた、傾いている。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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