地下芸人 (おぎぬまX/集英社)
購入価格:455円
評価:
この記事は約3分56秒で読めます
なにはなくともネタバレ注意と書くべきなのだろうが、個人的には、ネタがバレても、なんなら全て知っていても、なお人に感銘を与えられることが名作の条件だと思う。
夢を追うのは簡単
夢を追うこと自体に、素晴らしいもつまらないもない。それは進学、就職と変わらない単なる個人的な選択であって、そこに良いも悪いもない。
地下芸人とは、テレビには不向きな芸風をしていたり、長年くすぶっていて、いつまでも世間に浮上しない芸人のことを指す。
なるほど。それなら私は筋金入りの地下芸術家であろう。
「ここ最近、先輩にしろ同期にしろ、身近な芸人が次々と辞めてる気がするな」
「まあ、そりゃねぇ。俺達の同期はみんな芸歴十年目でしょ。節目と言うか、諦めがつくタイミングだよね」
「たしかに。十年やって売れなきゃな」
わたくし新宅睦仁は、画家に、現代美術家になるという夢を追いかけて、はや十五年以上が経つ。十年やって売れなくても全然やめない人もいる。
二人組の、相方のすばらしさ
私もかつて親友と現代アートユニットをやっていたので、二人組の芸人の気持ち、二人であれこれ相談し合って作り上げることの喜びは痛いほどわかる。
参考: ART DIS FOR
お札の肖像画は実在の偉人が多いのに、電子マネーカードに描かれているのがロボットやペンギンのキャラクターだったりするのはおかしくないか?
私の相方もこの手のすばらしく気の利いた話のできる人間であった。それはいま思い出しても、あまりにも素晴らしい時間だったと思う。
なんのために続けているのかわからなくなる
夢を追うのは簡単だが、やめるのは難しい。結婚式は誰でも心踊るものだが、離婚は気が滅入るのと同じである。
芸人とは――商品だ! ライブの客が、事務所が視聴者が、テレビ局が、時代が何を求めているかを分析して、それに合わせて自分達を売り込まなきゃならない。
人気商売の悲哀である。いわゆるマーケティングが重要なのだ。それはきっと、バカでも理解できることであるはずだが、実際に自分自身をマーケティングに基づいて売れる形に落とし込む、変形、あるいは歪ませることは極めて難しい。
なぜなら、夢を追うということは、しばしば一般社会からの逸脱であるので、そこから飛び出した極めて個性的な自分を、ふたたび社会の需要=一般的な価値体系に落とし込むことに抵抗があるのも無理のないことなのだ。
知り合いで賞レースに固執する芸人がいて、それはそれでいいことなんですけど、今の時代ってもう賞レースで優勝してもそんなに売れなくなっちゃってるんじゃないかと思います。もちろん優勝はインパクトあるんですけど、だからといって安泰ということでもない。なのに、その賞レースで優勝すれば全てがうまくいくと多分思ってて。もっというと、賞レースに毎年出ることによって、自分が芸人であることを更新してないか?
芸術家連中にも、このようなタイプの人間は少なくない。売れる気も評価される気もなく、ただただグループ展や個展を定期的に開いている。
それはたぶん、歳を重ねるほどに無意味に溶け込んでゆく人生に、なんとか無理やりにでも意味づけしようとする悲しい試みなのだろうとは思う。
もちろん、それはそれで実に人間らしいことではある。しかし私に言わせれば、そんなものはごまかしに過ぎない。夢を追うフリを続けることで、自分が真に向き合うべき現実から逃避しているだけなのだ。
何者でもない自分と向き合うのは恐ろしいことだ。だからこそ、芸人だとか芸術家だとかの肩書で、なんとかアイデンティティを保とうとするのである。
しかし、どう楽観的に考えても、逃避の先に成功がないのはもちろん、まっとうな自己実現、精神の成熟もない。
しばしば夢追い人を自称する人間が幼稚に感じられるのは、何もかも人のせい世のせいにして、逃避し続けて虚勢を張る思春期の少年少女と変わらないからである。
- 前の記事
- 死の講義――死んだらどうなるか、自分で決めなさい
- 次の記事
- 戦下のレシピ――太平洋戦争下の食を知る
ご支援のお願い
もし当ブログになんらかの価値を感じていただけましたら、以下のいずれかの方法でご支援いただけますと幸いです。
Amazonギフト券で支援する
→送信先 info@tomonishintaku.com
ブログ一覧
-
ブログ「むろん、どこにも行きたくない。」
2007年より開始。実体験に基づいたノンフィクション的なエッセイを執筆。アクセス数も途切れず年々微増。不定期更新。
-
英語日記ブログ「Really Diary」
2019年より開始。もともと英語の勉強のために始めたが、今ではすっかり純粋な日記。呆れるほど普通の内容なので、新宅に興味がない人は読んで一切おもしろくない。
-
音声ブログ「まだ、死んでない。」
2020年より開始。ロスのホームレスとのアートプロジェクトでYouTubeに動画をアップしたところ、知人にトークが面白いと言われたことをきっかけにスタート。その後、死ぬまで毎日更新することとし、コンテンツ自体を現代アートとして継続中。
-
読書記録
2011年より開始。過去十年以上、幅広いジャンルの書籍を年間100冊以上読んでおり、読書家であることをアピールするために記録している。各記事は、自分のための備忘録程度の薄い内容。WEB関連の読書は合同会社シンタクのブログで記録中。
関連記事
英文法をこわす 感覚による再構築
2017/03/22 book-review book, english, migrated-from-shintaku.co, reread
基本の英文法もできないのに壊すとは、おまえはデッサンのできない画家かという感じだ ...
タイの僧院にて
2016/11/09 book-review book, migrated-from-shintaku.co, religion
ふつう、神と言えば西洋的な厳格な神を思い浮かべるが、どうも日本人にはそのような厳 ...
スターリン - 「非道の独裁者」の実像
2019/02/16 book-review migrated-from-shintaku.co
社会主義について知りたくて手に取ったが、タイトル通りスターリンその人の実像に迫る ...
行動分析学入門 ―ヒトの行動の思いがけない理由
2014/04/03 book-review book, migrated-from-shintaku.co
予想以上におもしろかった。心理学科にいまさらながら入学したいくらいである。 【人 ...
パパラギ はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集
2012/11/21 book-review migrated-from-shintaku.co
パパラギ——とても不思議な響きを持った言葉だ。サモア語で、空を打ち破ってきた人、 ...