害虫の誕生—虫からみた日本史 (瀬戸口 明久/筑摩書房)

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タイトルにある人間魚雷の話はほとんど出てこない(それを知りたくて購入したのだが)。

実話をもとにした小説とのことだが、それにしては内面の描写が多い。そのぶん、他の戦争関連書籍では知ることのできない戦時下の人間心理を考察するうえでの参考にはなる。

12時10分前にはみな外に出て、5分前に庁舎の前の広場に並んだ。正午の時報の後にアナウンサーがこれから重大放送のあることを告げると、「君が代」が流れ、全員が不動の姿勢をとった。「君が代」が終わると情報局総裁が何か言った。庁舎の前に置いた拡声器が古いためか、あるいは電波の状態が悪いのか、時々キーンとかジャーという音が入ってよく聞きとれない。天皇の放送が始まったが、聞いたことのない抑揚で、詔勅というものは本来こんな抑揚で読むものなのか、小学校や中学校で教育勅語を読んだ校長の抑揚は間違いだったのか、それともこれは天皇独自の抑揚なのか、と頭の片隅で考えながら、どういうことを言われているのか、正確に聴きとろうとしたが、雑音に邪魔され、跡切れ跡切れに解った言葉を継ぎ合わせても、どういうことを言われたのか理解できなかった。忍び難きを忍び、堪え難きを堪え、と言われたのはよくわかったが、それで降服しようと言われたのか、敵を撃滅しようと言われたのか、よくわからぬうちに放送が終わった。

自分たちが戦争を始めたわけではなく、負け戦の中に駆り出されたのだし、戦争に行く前から軍国主義に嫌悪感を持ち、軍人に反感を持っていたのに、日本が負けてよかったと言うのを聞くと不愉快になった。戦争にもし勝っていたら、軍人はいっそう横暴になっていただろうし、軍国主義者たちの専横がひどくなり、言論の弾圧がいよいよはげしくなって、あの厭な暗い時代がずっと続いていただろうと思うが、だからと言って、負けてよかった、とは思えなかった。占領軍がやって来た時、それを新聞は進駐と表現したが、佐三は蹂躙と感じた。

日本の兵士は死ぬ時に、天皇陛下万歳、と叫んで死ぬと言われていたが、そういう人もいただろうことも佐三は疑わなかった。しかし、実際は、お母さん、と言って死ぬということが巷間に広く言われていた。天皇を利用して国民を自由に操ろうとする権力者は、すべての兵士が、天皇陛下万歳、と叫んで死ぬことを望み、国民をそのように導いて行こうとしているが、その手には乗らんぞ、という大方の国民の思いが、お母さん、と叫んで死ぬという話となって、こっそり語られているように佐三には思われたのだ。

最後の引用は、非常に鋭い指摘で唸らされた。

     

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