洗濯に関する一切は即刻退去せよ
2017/08/22
昨日はひさしぶりすぎる休肝日であった。しかもランニングにも励んだ。おかげで今朝は、目覚ましをかけていた時刻通りの5時に起きることができた。
さっそく朝ごはんを食べに起きようかと思ったが、炊飯器のタイマーを6時10分にセットしていたのを思い出して、ためらった。
ごはんが炊き上がるまで絵を描いて待とうかと思ったが、寒さと意思薄弱のため、布団の中でだらりだらりと小一時間を過ごしたのち、朝食となった。
野菜炒め、豆腐、納豆、コロッケ(昨夜ダイエーで¥60が半額になっていて¥30)、そして白飯(玄米入り)を食べた。
とりあえず、体調は普段の3~4割増しは良好であった。
酒を飲まないこと。これほど身体にいいことはないのだと思う。そう、酒は毒なのだ。酒は百薬の長とはいうが、あれは節度ある飲み方ができる人だけに言えるものであって、節度もへったくれもないぼくにとっては毒でしかないのだ。
毒! しかしそれは、美しく気立てのよい、それでいて奔放な女性のような、抗い難い魅力を持った毒なのだ。ああ、その甘美な毒をあおりたい! ソクラテスが毒人参をあおったように、今すぐ、この朝っぱらから堂々とあおりたい! 会社なんてくそくらえだ! 失業上等! 無職上等!
そう鼻息を荒げつつ、おとなしく、福島次郎の「三島由紀夫―剣と寒紅」を読みながらごはんを食べた。三島さんはぼくの上にまたがり獣のように荒い息を云々と、朝っぱらから男色の描写が生々しい。生卵、特に白身部分を食べていなくてよかったと思う。
食後にコーヒーを淹れて飲み、洗濯器を回し、絵を描いて、トイレに小一時間ほど籠城した。のち、洗濯を干した。
洗濯をするのはずいぶんと久しぶりな気がする。洗濯物の量が尋常ではなかった。
干しても、干しても、全然、終わらない。え? まだあるの? どれだけあるの? もういいでしょ? いいよね? おい! いい加減多すぎるよ! おい! どんだけあるんだ! 責任者出てこい!
何を隠そう私が責任者である。一切の責任は私にあるのだ。
ハンガーが足りなくなり、干す場所も足りなくなってくる。
だんだんと怒りがこみあげてくる。どこに向かうこともできない、やり場のない怒りが、ふつふつと、静かに、胸の奥の奥、かなりの深層部から込み上げてくる。それは深海に棲息する、奇妙なか細い魚が珍しく吐き出した気泡のような濃密さで、とかいう無駄な比喩を駆使するほどに確かで厳然とした怒りだった。それはあまりにも確かな、英語でいうangry、またはwrath、つまり怒りだった。
なんでこんなに洗濯物があるんだ。そもそもこの洗濯物を干すという行為の時間の無駄さときたらなんだ。今日、きょうではなく”こんにち”、テクノロジーが進歩を続けてとめどない現代において、なぜにいまだにこのような泥臭い行為に時間を奪われねばならないのだ。
我々は人間だ。人間様なのだ。輝かしい今日(やはり”こんにち”と読むよう)、神とさえ呼べる存在になった今日(こちらも”こんにち”で)において、我々はあまりにも洗濯に関する一連の行為によって人間性を貶められてはいないだろうか。
今こそ立ち上がれ!世の優秀なエンジニアの諸君! iPhone6なぞどうでもよい! どうせ今までと大差ないスマホに違いないのだ!
そんなものの開発は後回しでいい。ものごとには優先順位というものがある。喫緊の課題は”完全”自動洗濯機の開発ではないのか。
洗濯器には放り込む”だけ”。すると小一時間後か、まあ初期のものなら2~3時間はかかっても構わない、とにかくは放り込んでおくだけで、それぞれの衣類が折り畳まれて出てくる。
そうして、ワイシャツならばパリッとして、気持ちよく袖を通すことができる。バスタオルならばふんわり、風呂上りの身体を心地よく包んでくれる。
それは贅沢な望みだろうか。いいや、そんなことは決してないと、私はここに確信する。すべては可能なのだ。英語で言えばpossibleなのだ。
炊飯器、洗濯機、掃除機。そういった家電は、主婦をはじめ家事に勤しむ人々の自由時間を加速度的に増大させてきた。しかしいま、それは停滞してはいないか。
進歩、我々は進歩する動物である。その中で、なぜだか洗濯機の進歩だけが、エアーポケットのようにすっぽりと置き去りにされているのではないだろうか。
一応、乾燥機の発明については評価しよう。しかし、その先がきっとあるはずではないか。そう、それこそが”完全自動洗濯機”なのだ。諸君、時代は完全自動洗濯機を求めているのだ! それは所望というような生やさしいものではなく、渇望である。私はここに、完全自動洗濯機を渇望することを宣言する!
ワァー、ワァー、ピュー、ピューピュー、パチパチパチ、ブラボー、ブラボー……。観衆の歓喜に満ちたどよめきが聞こえる。中には感極まって卒倒し、またほとんどの人は涙ぐみ、両の掌をくだかんばかりに打ち鳴らして止めようとはしない。
完全自動洗濯機! 完全自動洗濯機! 完全自動洗濯機! 私は精一杯の笑顔で、両腕を天を抱くように大きく広げて、手を振ってこたえる。
私は観衆をなだめるように、付け加える。そう遠くない未来、わたしたちは完全自動洗濯機を手に入れるでしょう。もう一度言います。皆さん!すべては可能です!possibleなのです! ワァー……。
というわけで干し終わって出社する。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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