眠りとろける肉塊

  2017/08/22

この週末はいろいろあったが、ここに書ける出来事はほぼ無い。

唯一ざっくばらんに書けるのは風邪をひいてしまい土日はおろか月曜日のほとんどをベッドの上で過ごしたということ。

きっと、熱があった。だるさが尋常ではなかったのだ。ぼんやりとした頭で熱を計ろうと思ったが、しかし、体温計は無かった。

はっきりとその大きさや感触までありありと頭に思い浮かんでいた。マツダ、30minと書いてある、ぼくの体温計。ひとり暮らしにあたって実家から持ち出し、地味に10年超は使っていた水銀式の体温計である。しかし今年の初めだったか、登戸の家の流しで、ぱきんとあっさりと割れてしまったのであった。

それをすっかり忘れていた。なので、体温計は無いのだった。完全にあるものだとばかり思っていたものが無い。熱に浮かされているからか、体温計が割れた時の映像が妙に鮮やかに、ちょっぴり切なく思い出された。

ゆえに、熱を計る手段は手のひらしかなかった。それでまあ、自分ではない人の手のひらでもって計ってもらうと、熱があるという結論になった。

いや、わざわざ人に結論を出してもらわなくても、熱の有無くらい自分でわかるわけだが、まあ、往々にして他人の方が自分のことを正確に言い当てる。なんて、そんな格言めいて仰々しく言うことでもない。あんた熱があるけん寝ときいよ、というだけのことである。

何故、風邪をひいたのか。広島に帰ってきてちょうど3ヶ月目くらいなので気がゆるんだとか、疲れが溜まっていたとか、先週末に頭を打った後遺症だとか、まあ、理由はいろいろ、というかなんだって構わないし、結局のところ医者にだってそんなことはわからない。とにかくは発熱している。

幸か不幸か、というかすべての原因はおまえだろうという人がたまたまそばに居たので、成り行きで看病してもらう。

風邪薬とか、栄養ドリンクとか、ポカリスエットとか、寿司とか、ゼリーとか、そういうのを買ってきてもらって、食べさせてもらう。

しかしまあ、自分のことをわかってくれているというのは、しみじみと嬉しくて、幸福なこと、この人生において、相当に大きい幸福のひとつだなあと思う。

病人になぜに寿司って、だってともにはいつも風邪の時にはお寿司が食べたいって言うでしょうとか、ゼリーだって、ちゃんとカロリーゼロのやつを買ってくる。

そしてそもそも、ぼくは子供みたいな熱の出し方をする。たとえば遠足から帰ってきた途端に熱を出すような。そう、新宿でファイナンシャルプランナーの体験授業を受けにいった帰りにも熱が出たっけ、なんて。

わかっている。わかってくれている。

老夫婦とかにある幸せって、こういうことなのかもしれない。ながい共同生活の中で醸成された、一体化こそしないがとんでもなく自然なかたちで埋没もしくは溶解している、お互いの相互理解。あなたのことをわかっている感じ、わたしのことを知っている感じ、その瞬き、そのきらめき。

言いたいことは山ほどあるし、思うことは滝のごとし、そうして突如むっくり起き上がって罵倒して張り倒すのもやぶさかではない。

ではないが、今だけはちょっと、そういうことはいいから、だまって、ひたすらにだまって、目をつむって、静かにして、そうしてちょっと、ちょっとだけ、口角をあげて、眠ったふりをしてればいいんじゃないのって、思う。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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