中年の汁

  2016/04/08

白いシャツを何気なく着る。白いシャツを何気なく洗う。白いシャツを何気なく干す。白いシャツを何気なく取り込む。

よくある洗濯洗剤のCMのように、汚れすっきりふんわり爽やか、とはならない。むしろうんざりする。

首周りの黄ばみのせいである。我ながら心底幻滅する汚らしい黄ばみである。

それは盛夏の中年男性のワイシャツの脇の下に見るような黄色であり、喫煙者の歯に見る黄ばみであり、生き過ぎた感のある老人の白髪に見られるような黄変、あるいは風邪をひいて吐く痰に見られる黄味などと同種のものである。とにかくは嫌悪感、忌避感を生じさせる、願わくばこの世から永久追放してしまいたい代物である。

首周りがこのように黄ばむようになったのはいつからだろう。ここ2、3年のような気がする。少なくとも、高校生の時には、このような黄ばみは生じなかった。

いや、あるいはその頃の黄ばみは、陰ながら母親が念入りに洗い落としてくれていて、そうしてぼくはひとり身勝手に、自分だけは清潔であり、ひたすらに青春の爽やかな体液を放出しているのだと思い込んでいただけかもしれない。

しかし、大学生になって一人暮らしをはじめ、自分で洗濯をするようになったが、このような黄ばみを目にしたことはなかった。あるいは、その時分は黒系の服ばかりで、そもそも白い服なんか着ていなかったから気づかなかっただけなのかもしれない。

はっきりとはわからない。ただ、ぼくの着たシャツの首周りが黄ばむようになったという、その事実。

言うまでもなく、ぼくが着用さえしなければ。白いシャツが黄ばんだりはしない。つまり、ぼくの首周りから分泌されるなんらかの汁及び液によって、白いシャツが黄ばんでしまうのである。

そう、ぼくの首周りから、何かが出ている。あまり化学に明るくはないので詳細な成分などを示すことはできないが、とにかくは清潔爽快な白いシャツを不潔不快に黄ばませるなんらかの物質が出ていることだけは確かである。

中年になった。そういうことなのかもしれない。”かもしれない”などとぼやかしたが、実際、中年になったのだと思う。

中年になれば、誰しもこのような身体の変化を突きつけられ、そして戸惑うのであろう。あるいは年頃の娘でもいれば「お父さんの服とは別々に洗って!」などと嫌われるのかもしれない。そんな娘がいなくてよかったと思う。いや、そういう問題ではない。

なんだかしめっぽくなってきた。どうにか、これをポジティブにとらえることはできないだろうか。

そもそも、黄ばみとは本当に汚いものなのだろうか。たとえば、ぼくは白いシャツを黄色く染め上げることができるということは言えないだろうか。能力として、黄ばませることができるという。もっと、黄ばませ名人と言ったほうがわかりやすいかもしれない。

あるいは、白いシャツから白を奪うことができるというとらえ方はどうだろう。処女を奪ってやったというような、そういう征服欲的な感じである。

あの白いシャツ!この白いシャツ!全員(擬人法)まっ黄色に穢してやるぜ! がはははは!

ははは……。

おっさんになった。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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