愛とか恋とか好きだー、とか、嫌いだー、とか。
最終更新: 2020/08/19
わたしは女好きである。女が好きなのではない、女好きである。つまり好色である。
いつからそうなったのかと思い返してみるが、たぶん大学生あたりからだろう。
それまでは、女の子と話すときは緊張してしょうがなかった。家族や友達にならペラペラとよどみない軽口も、女の子が相手となるとぶつりぶつりと鹿のフンのように途切れた。
しかしひとたび女の子とうまく話せるようになってからというものは、女の子と話すほうがよほど楽しいことを知った。なにより楽だと思う。
女姉妹にはさまれて育ったから、ということになっているし、収まりがいいのでそういうことにしているが、しかし、実際のところはどうなのかわからない。
それはともかく、好色と言えど人を愛することもある。いやいやそれは単なる好きでしかくなくて、愛なんて高級なものはおかあさんのおなかの中に忘れてきたのではないか、ぼくという人間は。
とかなんとか考えるのは面倒なので、本日は例によって毎日新聞のコラムを転載して進めたい。
【憂楽帳:LOVEとLIKE】
男と女は理解し合えるか。心理学者の河合隼雄氏は「同性の方がはるかに理解しやすく、異性のことなど本当にわかるはずもない」が「(異性の)相互の牽引(けんいん)力は測り知れない。言うなれば、魅力などというものは理解ということとは関係のないこと」だと書いている(「とりかへばや、男と女」)。
「女心は分からない」と男はぼやき、女は女で「男って宇宙人」と嘆きながら、ひかれ合う。分からないのにほれるから、悩み、苦しむのだろうか。
LOVEとLIKEの違いは、LOVEは異質なもの、LIKEは同質なものを求めることだと喝破した一文がある(「深代惇郎エッセイ集」)。すなわち、LOVEとは「異質な相手と合体することによってはじめて自分が完全になれるという欲求」だそうだ。
異質だから理解しにくいが、異質だからこそ欲する。LOVEは甘美なようでいて、実は手に負えない代物だ。
LOVEなき世界が荒涼に思えるのは、話し相手がいないなどといった理由からではない。「完全な自分」になれないからである。【月足寛樹】
(毎日新聞 2013年08月21日 中部夕刊)http://mainichi.jp/opinion/news/20130821ddh041070008000c.html
一読後、要するに「合体」か、釣りバカの、あのー、合体か、と思った。
いや、それは適当なコメントのようで、意外に的を得ている気がする。
わたしの崇拝する親友のH氏曰く、「ボボったあとって、なんでか知らんけど女ん子の話し方とか態度が変わるんよなー」と。
※ボボ=性行為
わたしもそう思う。性行為には男女の距離を劇的に縮めてしまう何かがあるのだ。
しかし、その男女の内実はずいぶん違う気がする。たぶん性行為は、男にとっては山頂に立つことであり、女にとっては登山口に立つことである。
ことを終えた男は、たとえば山頂でヤッホーと叫ぶような感じでしゃべり始める。気分はすがすがしく、よくわからないけど口角が上がっている。女は女で、さて、本題に入ろうか、言ってみれば「魂の話」を聞こうか、という態度で、なにか腰が据わった感じで妙に堂々と話し始める。それこそ、「これから山に登るぞ!」と勇ましい感じである。
そういうわけで、男にとってはそれ以降、ある意味では目指すところが無くなるのだ。すでに山頂には男の征服欲の御旗がひるがえっている。しかし女は、さあこれから登ろうとしているのである。だからすれ違う。
「身体目当てだったのね!」と叫ぶ女はいるが、「身体だけだったのかよ!」と叫ぶ男はいない。
この場合、登り終えた男がさっさと下山したのである。女は山の一、二合目あたりで途方に暮れるのである。
もちろんこれは残念なお話で、ここに愛があれば、もう一度、いや、何度もまぐわうことになる。
そして最終的な愛の形は、山の中腹で落ち合って、二人で小さな小屋を建てる。男も女も、ときどき頂上に行ったり、下山してみたり、しかし、それでも結局は中腹の小屋に帰ってきて、離れない。
この小屋の名を家庭(過程)という。

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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