ヤンキーの鏡

  2015/07/03

長椅子はとても民主的な椅子である。

たとえば10人掛けの長椅子。と言っても、10人掛けなどとなると、どこか外国の教会か、電車の座席くらいでしか見かけないが、とにかくはそのような椅子は、10人で座ることもできるし、1人で座ることもできる。

そこに座りたい人がたくさん居れば、詰めて、譲り合って、座る。一人しかいなければ、譲るもなにも、ただ座る。誰か他人が一人でもいれば、少なくとも目立たないよう控えめに座る。

しかしヤンキーは別である。なぜなら彼らはヤンキーだからだ。ヤンキーという呼称でわかりにくければ不良行為少年、つまり不良だからである。不良行為を行うのであるから、譲り合いの精神などあろうはずがない。譲り合いなどの精神を発揮したとすれば、彼らはたちまちにして不良、つまりヤンキーの称号を剥奪されてしまうのだ。

だからして、彼らは日々せっせと不良行為を行う。ヤンキーであり続けるために、ヤンキーである自分、自分というヤンキーというアイデンティティを固持するために。いついかなるときも「おれはヤンキーだ!」と、そう自信を持って、胸を張って言えるように。

ヤンキーも楽ではない。不良行為を行わなければ、ヤンキーではなくなってしまう。プロ野球の選手が野球を辞めたらただの人になってしまうのと同じである。ある名称で呼ばれ、その名称の通りの人間であると人々に認知され続けるには、不断の努力と継続が必要なのである。ヤンキーも例外ではない。そう、ヤンキーは不良行為に精を出す。不良行為を研鑽する。たゆまぬ不良行為。飽くなき不良行為の探求。不良行為を想像し、創造する。実現、実行、不良行為。

キング牧師よろしく、不良行為少年には夢がある。I have a dream. 身体が重い、頭が痛い、物覚えが悪くなった、めまいがする、焦点が定まらない、手がふるえる。そんな血ヘドのにじむ不良行為の日々。シンナーは身体に悪くて歯が溶けるかもしれない、タバコは成長を止めるかもしれない、アルコールは脳を破壊するかもしれない、窃盗カツアゲ暴走行為他不良行為の一切は、遠くない未来、自分の手首に合わない、画一的で趣味ではないシルバーのブレスレットの贈呈式への招待状となる。

しかし、不良行為少年はそんな数々の誘惑にも負けない。いま現代、情報化社会と言われて久しく、ネットの普及はテレビや新聞をゆうに凌駕し、Google先生に「タバコ 成長期」「シンナー 影響」などとお伺いを立てれば、だれでも金の玉が縮み上がるような恐怖を禁じえない情報を浴びせかけられるにも関わらず、彼らはそんな誘惑には、決して負けない。絶対に屈しない。

とてもふつうの人にはまねできない。だからこそ彼らは一般人ではなく、ヤンキーという特別な名称で呼ばれるのだ。それがヤンキーというものだ。

さて、昨日の夜のこと。ぼくはヤンキーに、いや、ここまで書き連ねてみると、どうして尊敬の念を禁じえない。ここはひとつヤンキー様と呼ばせていただきたい。そういうわけでヤンキー様に、男性と女性、2人のヤンキー様に邂逅した。

髪はお二方とも金髪であられる。男性のヤンキー様は威勢良く刈り上げていらっしゃりモヒカンの風情、女性のヤンキー様は長ったらしくお伸ばしになられた髪の毛を指に巻きつけてはほどいていらっしゃる。そんなヤンキー様のお二方は、6人分のスペースをお二方で占領されておられる。ははあ、頭が高い。

ヤンキー様方は、逆に座りにくいのではなかろうかというほどの足の組み方をしていらっしゃる。むろん、凡庸なわたくしの考えの及ぶところではございませんので、そのような座り方には何か深い考え、いや、ひとつの確固とした思想があってのことと思われる。

そうして男性のヤンキー様は携帯電話でもってとても大きな元気のよい声でお話し中でいらっしゃり、女性のヤンキー様は目を細めて丁寧にお爪を研いでいらっしゃる。

そんなお二方を伏し目がちに横目で捉えながら、一般人のぼくはちゃんと伝えてあげるべきだった。いや、伝えなければならなかった。しかし、あまりの迫力に、声を失ってしまったのだ。しかし、あるいは彼らがこの記事を読むときがあるかもしれない。だから、この場を借りてお伝えしたい。大丈夫、大丈夫だよ。きみたちは十分にヤンキーだよと、ちゃんとヤンキーであり続けているよと。これからも、日々たゆまぬ不良行為を重ねられることを、そして名誉あるヤンキーの呼称を死ぬまで失うことがないよう、一生ヤンキーであり続けることを、陰ながら応援しているよと、願っているよと。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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