五次元のカプセルホテル(前編)

  2016/04/13

平日、ふと思い立って映画を見に行った。

何か見たいものがあるというわけではなく、ただ、映画を見るという行為がしたくなったのであった。

映画と、映画館を適当に探した。いつだったか、facebookのタイムラインで言及されていたことがあったので、インターステラーという映画に決めた。場所は、職場から一番近いと思われる、日本橋にあるTOHOシネマズ。

仕事を定時の18時30分に飛び出して、19時からの上映に急いだ。

雨の中、道に迷いながらもなんとか間に合った。売店に人々が楽しげに群れていたので、便乗してポップコーンとゼロカロリーのコーラを買って、席に着いた。

この映画をざっくり説明すると、地球環境が危機的状況になっちゃったので、地球を捨てて、別の星に移住して人類もう一回がんばろうというような内容である。

ちなみに、二回ほど泣いた。我ながら、映画に感動したのか、感動して涙腺をゆるませる自分自身に感動しているのかよくわからない、うさんくさい涙であった。

それはともかく、実に非日常的な、現実を忘却した169分であった。とか言いながら、途中、2回ほど腕時計を見たので、しっかりと現実という檻の中の囚われ人としてつつましく楽しんだに過ぎなかったこともまた確かである。

映画館を出ると、会社近くのカプセルホテルに電話して予約を入れた。以前泊まったときに割引チケットをもらっており、その使用期限が迫っていたのである。

なんて、いちいち割引チケットの類の使用期限を気にしていたら、着るものから食べるものまで瑣末な割引にがんじがらめになってしまうのは目に見えているわけであって、そう、単に行きたかっただけである。

到着すると、まずはお風呂に入った。銀河の中の地球、地球の中の日本、日本の中の東京、東京の中の、とかいう、わかりやすく映画の影響をもろに受けた思考を巡らせながら、身体をひとしきり洗い、湯船につかった。

あたり前ではあるが、宇宙的視点で考えると、何もかもがくだらなくてしょうがない。それこそ、すべてクソ(塵)である。そうして、ぼうっと、いったいなんなんだろうな、なんなんだろうな、ああもうまったくなんなんだろうなと、自分とか、この世界とか、宇宙とか銀河とか次元とかっていう、お決まりの哲学的思考の入口の扉の前でうろうろして、ひたすらにうろうろして、しかし扉さえも触れることなく、そのくせ何かしら常人ならぬ崇高な思考を展開したような気にだけはなって風呂を出たのであった。

身体を拭いて、食堂に向かった。実を言うと、ぼくがこのカプセルホテルにもう一度行きたいと思っていたのは、ここで呑んでみたいからであった。

前回、この食堂で朝食(無料。宿泊料3500円に含まれている。)を食べたのだが、その内容に感動したのである。

とはいえ、生卵、納豆、味噌汁などの、シンプルなごくふつうの和食である。しかし、昨年高知県で連泊した際のビジネスホテル(同じく一泊3500円)の朝食を思えば雲泥の差なのである。

正直、いまだに根にもっているのだが、その朝食たるや、ゆでたまご1個に、しけたサラダ、やる気のないロールパンと適当なコーヒーだけなのである。タダと聞けばたいていは喜ぶいじきたないこのぼくが、3日目には食べるのを放棄したほどである。

断じてあんなものは朝食ではない。ましてや「朝食付き」とうたえるような代物では決してないのだ。昨今のお子様の3時のおやつのほうがよっぽど豪勢に違いないだろう。

ヒートアップしてしまった。とにかくは、その朝食の際に、夜は居酒屋をやっていると知ったのである。メニューを見てみると、料理はフライから刺身、お酒もホッピーからウイスキーまでと意外なほどに充実しており、さらに深夜3時まで営業しているという。

ぼくは思わず興奮した。だって、風呂に入ってそのままのんべんだらりと居酒屋で酔いどれ流れるようにベッドイン。なんてすばらしく楽しげなのだろう。

ぼくのひどく偏屈な胸を、これほど躍らせる場所はそうそうあるものではない。というようなわけで今に至るのであった。

食堂に入ると、テーブル席に3人組みのグループがひとつと、一人客が4人ほど飲み食いしているところであった。そしてその大半がタバコをふかしていた。

ぼくはこの時点で嫌悪感を覚えて、楽しい気持ちがゆうに3割ほど目減りしてしまった。どうして、ぼくは喫煙可の食堂だとは考えていなかった。銭湯は(このホテルは入浴のみも提供している)漠然と禁煙というイメージがあったのだ。お風呂上がりの清潔な身体に、タバコの煙がかかるのはどうにも不快なのである。それならいっそ、風呂に入る前に居酒屋に行って、躊躇なくあらゆる臭気を浴びて吸い込んで呑んだほうが楽しいに決まっているではないか。

ぼくは仕方なく、なるべく喫煙者たちから遠い位置の座敷に腰を下ろすことにした。この時点で、壮大な物語、インターステラーの余韻もくそもなく、銀河とか宇宙なんて、まったくばかばかしい絵空ごとになっている。

そりゃあ、宇宙はでっかいよ。銀河はもっとでっかいよ。ブラックホールやワームホールなんてもっとでっかくて、いや、でっかいのか小さいのかさえもあいまいな、それこそ想像もつかない、時空が歪んだりとかなんかした別の次元がそこにあったりするんだよ。
 

でも、ぼくは、タバコの煙が嫌だとかいう、卑近で、矮小な観念、価値観、感覚にとらわれて、そうして、四次元のこの地球の仕組みに自ら嬉々として縛りつけられて威張っているのであった。

タバコという植物の葉っぱを乾燥させて筒状にしたものを燃やしたときに出る煙は、この地球の自然法則の中の燃焼という現象からくる二酸化炭素その他であって、あまりにも自然なことで、自然すぎて何もいうことがない。そう考えると、不自然なのはむしろぼくだ。このぼくの思考こそが不自然なのだ。

店員が注文を取りにきたので、ぼくは生ビールの小を注文した。それが運ばれてくると、フライの盛り合わせ(500円)と、枝豆(350円)を注文した。

ビールをあおったが、それほど旨くもなかった。気分の問題だろう。

映画のことをわざとらしく思い返した。5次元の世界では、時間を物理的に扱うことができるらしい。たとえば、ひとつの家に赤い部屋と青い部屋が存在できるように、10年前の部屋と現在の部屋が矛盾なく同時に存在する。なんて説明してみたが、自分でもいまいち理解できていないので、ぼくは都合よく、あの日のぼくは今のぼくに繋がっているんだねと、安っぽいJ-POP的な解釈をしてひとりごちながら、ビールを進めた。

正面のテレビでは、5本のろうそくで500mlの水を沸騰させることができるかどうかとかいう、四次元の地球における自然化学的な番組をやっていた。科学者だか鍋メーカーだかの中年男性がチームを組んで、ろうそくの立て方や鍋の素材にご苦労な工夫をほどこしていた。ぼくの父はこの手の番組が好きなので、あるいは見ているのかもしれないなと思った。

東京の片隅のカプセルホテルにわざわざ泊まってまで薄汚れた居酒屋でひとりビールをあおる息子33歳独身と、広島の、子供たちがみな巣立ってしまってうらざみしい、しかし、ひとつの誇るべき到達点には違いない実家で、妻と祖母と三人で暮らしている父66歳。  

当然というべきか、ふわんと、心が中空を漂う。宇宙的視点から見れば、呆れるほどにどうでもいい状況なのではあるが、ぼくの視点はあくまでも四次元的で地球的、つまりは俗物に過ぎないのであった。

後編につづく

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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