ぼくときみととんこつラーメン
2015/07/03
最近、ラーメンを食べたくなることがよくある。
と言っても、往々にしてそれよりも酒が呑みたいという気持ちが勝る。それに塩分も気になるので、ぼくの中でラーメンはジャンクフードであり、つまるところ悪である。そのため、実際にラーメンを食べることはまずない。
しかし、昨日は僅差でラーメンを食べることになった。神田駅前にある風龍というラーメン屋である。
名前こそ勇ましいが、単なる安いチェーン店である。一杯550円で、替え玉が2玉まで無料になっている。
しかし、ぼくはラーメンだけを食べることができない性質なので、どうしてもご飯をつけることになってしまう。プラス100円で、計650円となる。
ちなみに、そのような性質はラーメンに限らず、やきそば、うどん、そうめん等、あらゆる麺類に及ぶ。麺類はぼくにとってあくまでも”おかず”なのである。
そういうわけで、ラーメンとご飯を食べれば替え玉をする気も失せるので、替え玉が無料というのはぼくには関係がない。
さて、前置きが長くなってしまったが、ようやく入店である。入ってすぐの所にある券売機で食券を買う。と、すかさず中国人のアルバイトらしき店員が歩み寄ってきて尋ねる。
「麺の固さはどうしますか?」
そう、博多のとんこつラーメンを掲げている店なのである。博多では麺の固さが選べるのが普通なのだ。
しかし、だからといって本格的なとんこつラーメン店というわけでは決してない。工場で大量生産された粉末スープの店である。福岡に5年も住んでいたぼくを舐めてもらっては困るのだ。それこそ「しぇからしかー!」と一喝してやりたいところである。
もちろんぼくも大人であるので、「まあ、そげんかこつは、よかたいね」と、ぐっとこらえて矛を収める。まあ、要するに、麺の固さだけは本格派ということである。
”だけ”などと見下げた書き方をしてしまったが、ひとつも本格的なところがないよりは、ひとつでもあったほうがいいに決まっている。
たとえば汚いトイレでも、トイレットペーパーだけはピンクの香りつきだとどこか救われるように、東京のラーメン店の中には、太麺のちぢれ麺のくせに、堂々と博多とんこつラーメンをうたっている店さえもあるのだから。
せっかくなので、そのような店に対しての福岡県民の気持ちをぼくが代弁しておきたいと思う。
「あんたらねえ、そげんか麺は博多にはないとですよ!博多ラーメン言うたらば、こう、麺がすっと福岡タワーばりに真っ直ぐ伸びた細めんでからくさ、とんこつスープとよう絡んでばりうまかとですよ!」
閑話休題。
カウンターのみの店内はほぼ満席であった。その中でぽつんと空いている一席に通される。両隣が埋まっており、カバンを置くにもコートを脱ぐのも難儀するほどで、かなり不快である。
周囲の人々はといえば、みなコートを着たまま食べているが、ぼくとしてはコートを脱がずにメシを食う人の気持ちがわからないと、大学のころからずっと思っている。
ぼくとしては、たとえ立ち食いそば屋だとしてもコートは脱ぎたい。というか脱ぐ。コートを着たままなんていう、そこまで急いで食う必要のあるメシがこの世にあるものだろうか。そんなに急いでいるなら歩きながらカロリーメイトでも食ってればいいではないか。
まあ、他人のことはどうでもいいので、自分の話を続けよう。
ほどなくとんこつラーメンとご飯が運ばれてくる。まずはスープを一口すする。粉とはいえ、実に身体に悪そうな濃厚な味でうまい。もう一口。悔しいがうまい。悲しいかな、私の舌は、もはや化学の奴隷である。
その流れで、ご飯を軽く一口ほお張る。口の中でとんこつ味の雑炊が生成され、これまたうまい。
なんてことを繰り返していると、ふっと我に帰る。食べることが妙に作業的に思われてくる。
周囲からは、ずずっ、ずずっ、ずるずるずるという麺をすする音が、入れ替わり立ち替わり、途切れることがない。
時刻は19時を回ったところ。ずるずるずる。みなこれが夜ごはんなのであろう。
今夜のごはんはとんこつラーメン。替え玉も付けて。ずるずる。
それを食べて、食べ終わって、みんな、家に帰ってなにをするんだろう。
テレビでもみるのだろうか。仕事の続きでもするのだろうか。はたまたさっさと寝るのだろうか。
少なくとも、この時間にひとりラーメンを食べて帰る先に、あたたかい家庭が待っている人は、まずいないだろう。
ずるずるずるずる。延々と続く音。ときに替え玉。ちゃっちゃっとお湯を切る音。手渡される替え玉。受け取られる替え玉。再びすすり上げられる麺。ラーメン。
終わりのない食事。終わりのない日常。永遠にも似てくる単調な人生。今日なにをしたかなんてもう忘れちゃったんだけど、明日の予定のことは忘れずに、思ったり、考えたり、ラーメン食べたり、ちょっと薬味入れたり、ぼんやりしたり。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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