続・さよならぼくの一部(後編)

  2017/08/22

正直、このネタに感情移入できなくなっている自分が居りますが、というか飽きているのですが、アクセスを見る限りコンスタントに70人ほどは愛読者が居られるようですので、その方々のために嫌々書きます。

箇条書き。誕生日パーティをした。ハッピーバースデーの歌をみんなで歌った。雑に飲みまくり、二件目にも行った。それからカラオケに行き、ユニコーンの大迷惑とかを歌った。気がする。意識が混濁していたのである。ちなみに樋口はカラオケの間中、ほぼ寝ていた。

朝、始発が動き出したころ、帰路についた。帰り道、立ち食いそば屋でカレーライスとかけそばのセットを食べた。樋口もぼくも、同じセットを食べた。樋口に、お昼も思ったけど、おまえ食べるの遅くなったよなと言われた。ぼくは、料理学校に入ってからよく噛んでゆっくり食べることを意識しているのだと言った。食細く命長くという言葉があるのだと教えた。現代において一番の病理は大食なのだと、ダライ・ラマみたいな口弁を垂れておいた。その後、樋口の食べるスピードに変化があったかどうかは、知らない。

お昼過ぎに目覚めると、樋口はすでに会社に出かけていた。ぼくはトイレに行って、一時間ほど大便をした。大便をしながら、英語のリスニングをした。それから、卒業式の答辞の練習もした。誰も居ないので、大きな声で練習をした。大便をしながら、5、6回、練習をした。汚いと言えば汚いが、まあそれがマイスタイルである。何がマイスタイルだ、ケッ、って自分でも思う。

お腹がすいたので、向ヶ丘遊園の駅前の大戸屋に行って、大戸屋ランチを食べた。相変わらず無駄に時間をかけて、女のようなスピードで、30分ほどはかかって食べた。樋口の家に帰って、また大便をした。大いに飲んだ次の日は、大抵お腹が壊れている。トイレに住みたいとさえ思う。とりあえず、もう一度答辞の練習をした。大便をしながら。時計を見やるともう16時近かった。あと2時間ほど後には卒業式が始まっていると考えると、にわかに緊張し始めた。ああ、めんどくせえ、行きたくねえ、と声に出して言った。胃が重かった。お腹はゆるかった。行きたくなかったが、スーツに着替え、それから家を出た。電車に乗った。さらにもう一度トイレに行った。学校に着いた。

職員室におはようございますと言って入ると、ぼくの姿を認めた先生のひとりの顔がパッと明るくなった気がした。まあ、その人はぼくのブログのファンらしいのだが、いや、パッと明るくなんてぼくの勘違いもいいとこなのかもしれないが、ぼくにはそう見えて、感じられて、それでなんだか、ぼくはいわゆる芸能人になったような心持ちであった。それはとても安っぽい感情に違いないが、なんだかんだ嬉しかったことは事実である。

それから、卒業式が始まった。校長とか、誰かが、いろいろと、料理人としてのこれからとか、今日は震災からちょうど二年目だとか、しゃべった。二年前のあの日、みんなが徒歩で帰路に着く中、新宿から靖国神社まで歩いて行ったことを思い出した。あれは、なんだかとてもロマンチックな夜だった。ぼくにとっては。それはともかく、ぼくは自分の答辞のことばかり考えていた。平気だ、みんなクソだからクソの前でわたくしの考えた素晴らしい文章を読み上げることなんて、余裕だ、なんてったってクソばっかりだからな、全員クソ! と言い聞かせ、思い込もうと努めたが、しかし、緊張は高まるばかりであった。クソはおまえだよ、とも思った。

いよいよ卒業生代表よろしくクソが答辞を読む時がやってきた。実際、本日すでに4回ばかりはクソをしているので、人間というよりはどちらかというとクソ寄りであったので、あるいはクソそのものだったのかもしれないが、まあとにかくはクソはクソでもわたくしは緊張するクソである。

で、答辞。

本日は、このような素晴らしい卒業式を、私達夜間部九十三回生の為に開催していただき、誠にありがとうございます。

入学式の日には、卒業式という日がまるで想像できませんでしたが、こうして晴れて卒業式を迎えてみますと、一年半という確かな時間の重みを感じます。

一年半という時間が、クラスのひとりひとりに、またご指導くださった先生がたにも等しく流れたということを考えると、何十年という人の人生がここで流れたのだと、いっそう重く感じられます。

思い返してみますと、真っ白いコックコートの袖に初めて腕を通した時の気恥ずかしさ、初めて包丁を握った時のぎこちなさなど、右も左もわからない中で始まった日々でした。

それが週に五日。毎日、実習と講義に追われましたが、それはほどなく普通の生活になっていました。体育祭や調理祭という大きなイベントもありましたが、やはり、一番大切なものは普段の、日常の中にこそあったと思います。

授業はもちろん、休憩中も、学校が休みの日も、すべてがこの学校での学びの時でした。それはひとえに、この学校の教育方針である、単に調理技術だけではなく「人として大切な倫理・道徳」や「プロの料理人としての心構え」を授けようという考えによるものだと、深く感謝しております。

私達のクラスは、下は十代から上は六十代と年齢の幅も広く、そして個性豊かなそれぞれの夢があり、料理の道に進む者ばかりではありませんが、それぞれの人生に、その日々の食卓に、この学校で学んだことを活かしていきたいと思います。

これからも先生方には、厳しくそして優しく導いて下さいますようお願い申し上げます。

最後に、諸先生方のご健勝と、母校・新宿調理師専門学校の更なるご発展を祈念いたしまして、答辞とさせていただきます。

平成二十五年三月十一日

新宿調理師専門学校

卒業生代表 夜間部九十三回生

新宅睦仁

もう、途中から口の中がパサパサで、なんでこんなに水分が無いんだ、もっと唾液を!と願ったが、しかしやっぱりパサパサで、ところどころ噛んだが、どうにかこうにか読み終えた。両耳のあたりが、すごく熱かった。

噛んだことを、卒業式後にさっそくマネをされ笑われからかわれたが、後日、クラスメイトのブログに委員長の答辞が良かったと書いてあったので、そうだろうそうだろう、先生がたを喜ばせる言葉を織り混ぜつつも、月並みな構成や表現ではないからな、というか文章を書いてきた量が違いますよと、大いに満足した次第である。

その後はハイアットリージェンシーだったか、結婚式っぽい会場で謝恩会があった。料理もそんな感じのコースで、キコキコやって食べた。同時進行で、ビンゴをした。なぜか景品として委員長よろしく新宅画伯の絵というのがあって、頼まれていたので一応ジャケットサイズのものを1枚持っていってはいたのだが、本気でやってんのにビンゴの景品なんかで安売りするわけねーだろと見くびって完全に単なる習作(まじで適当。練習した痕跡でしかない)を持っていっていたのだが、こんな会場でこんな雰囲気の中で渡すことになるのなら、もっとちゃんとしたのを持ってくればよかったと、けっこう後悔した。しかし、後悔先に立たずとはよく言ったものである。

謝恩会が終わると、二次会など行かずにさっさと帰った。ボクシング帰りの樋口と、最後にもう一度飲んだ。三日も泊めてもらったので、お礼にご馳走をした。

ぼんやり不透明な今と、完全に不透明な未来と、透明過ぎてもの悲しいような今までについてとかを、話した。

朝、樋口の出勤と合わせて、一緒に家を出た。一緒に小田急線に乗った。そして一緒に新宿まで行くつもりだったが、しかし成城学園前あたりでもよおしたぼくは、トイレに行くからと言って途中下車をした。

またなと言って、別れた。それはとてもぼくらしい別れで、しかしまあ、やっぱりぼくはクソなんだなと思った。いろんな意味で。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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