父の日とかいう日もあった

  2017/08/22

そういえば昨日は世間では父の日だったらしいが、ぼくは何もしていない。

遠く離れている時は、というか去年までは、母の日も父の日もなにかしらを贈ったのだが、今年は一切なにもしていない。

広島に帰ってきただけで十分親孝行でしょう、それ以上に何が? という傲岸不遜な心持ちなのである。

また、無駄に雑学を得たせいで、身体髪膚これを父母に受くあえて毀傷せざるは孝の始めなり(父母にもらった身体を大事にするのが親孝行の始めということ)、とかいう言葉も知ってしまい、そうそうその通りということで、とりあえず死なずに生きてるだけで十分だろうと惚けていたりする。

しかしラジオからは、つまり世間様からは、昨日の父の日の体験談云々が流れてきたりする。

息子が有給を取って実家に帰ってきて、フランス料理をごちそうしてくれました。33階にある夜景の素晴らしいお店でした。デザートには手書きのメッセージカードが添えられており、最高の父の日になりました。

ああ、そうですか。それは素晴らしいご子息を授かりなによりです。教育が良かったのですね。という皮肉はさておき、世の中には感謝の念というものがあるらしい。

感謝。どう考えてももはや子供とは言えないこの歳になっても、どうして感謝の念というものが自分には欠けている。おお、これぞ感謝の念!ありがとう父よ母よ!というような気持ちが無い。いかにも捏造したうそっぽい感謝の念ならば無くもないが、そんなものはいっそ無いほうがマシというものである。

そもそも感謝とはなんだろうか。

「ありがたいと思う気持ちを表すこと。また、その気持ち」(goo辞書より)

まあ、調べるまでもなくそういうことだろう。ただ、「気持ちを表すこと」となっているのが、なんだか意外な気もする。思うよりも、表すこと。

いつかの父の言葉を思い出す。ぼくがある日、ほんとうになんとはなしに、なんでお中元なんてものがあるのかと聞くと、父は言った。

「人の思っとることは目に見えんけえ、形にして見せるんよ。」

ああ、なるほどと、素直に納得した。いま思い返してみても、確かにそれは正しい。そして、素晴らしくスマートな回答だと思う。

今年は父の三回忌である。今日はちょっと一人で飲みに行って、在りし日の父と心の中で語ろうか。

とかなると、それはそれで悪くないのだが、しかししっかり生きているので、至って無関心に放っておくだけである。

親孝行 したい時分に 親はなし

とかいう俳句も知っているが、心の底から虚飾なく親孝行したい日がぼくに来るとは、どうも思えない。

まあ、そんな精神で生まれ育ってしまったので、しょうがない。しかし正しい大人の作法としては、仮に感謝などしていなくても、感謝しているふうに振舞うのが大人なのだろうけれど、わかってはいるのだけれど、思ってもいないことなんてするわけもなく、なんのアクションも気持ちも無く、ただただ父の日を過ぎ去らせてしまった次第である。

でも、べつに後悔はしていない。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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