市井の人が埋もれない時代

  2017/08/22

本日の画像の一枚目は神保町のとある古本屋の前に置かれたホワイトボード。雨の日以外は毎日、店主が天気のことや時事問題やおすすめの本やイベント情報や俳句や短歌など何かしらを書いて表に出しているのだ。

ぼくはこれをお昼休みのときにちょっと立ち止まっては毎日読んでいるのである。たいていはどうでもいい取るに足りないことが書かれているのだが、一昨日はちょっとだけふうんと思わせることが描かれていたのでパシャリ。なかなか刺激的なうまいことを言うじゃないかと上目線。市井の人だって、こういう鋭いことをときには言えるんだよなあと思った。ほんの一昔前だったらきっとすぐさま消滅していたような言葉である。しかしぼくがこうやってインターネット上にアップすることで、幸か不幸か永遠にアーカイブされるのである。

不思議で、おかしな時代だと思う。インターネットというツールを得た下々の人々の、下から突き上げるパワーはそうそう止められるはずもないだろうなと、ぼんやりと思う。

で、二枚目はなんの変哲もない裂けるチーズ。って今書いてみて思ったけど「裂ける」という字面ってちょっと怖い。暴力的だ。口が裂ける、股が裂ける、肛門が裂ける……ガクガクブルブル。

さて、昨日は家でひとり静かに晩酌しておりました。ビールとワイン。おつまみにはソーセージとほうれん草サラダ。そして裂けるチーズ。最初は中国の古典に学ぶとかいう本を読みながら飲食しておりましたが、しばらくすると酔ってきて、あとはいろいろとぼんやりぼんやり思いを巡らせておりました。

と、ふと裂けるチーズで思い出しました。大学一年の時の彼女が、裂けるチーズは細かく裂かんとおいしくないとってと言って、異様に細かく裂いていたことを。そしてぼくは彼女の裂いたチーズをそうめんのように頬張っていたことを。

裂けるチーズは裂けば裂くほどうまい。それはそうなのかもしれないが、いま考えるとそんなにべたべた触ったら汚いではないかと思った。

あの頃よりは潔癖になってしまったのか、どうか。

で、その流れで、裂けるチーズは細かく裂くべき論を持っていた彼女、仮にYさんとしておこう、Yさんにまつわるエトセトラも思い出した。

Yさんとは一年くらいの間に何度となく別れたり戻ったりしていてぐだぐだだったのだが、ある時、ケンカをしたのかケンカ別れをしたのか、ぼくの単車のシートに口紅で「死ね!」と書かれていたことがあった。

しかし、そうか、口紅は筆記用具でもあったんだなあ、じゃなくて、口紅で死ねと書くなんて、よっぽどの怨念だと思う。確かに相当に怒りにまかせて書き殴った感じではあった。すまし顔でとがっている口紅の先っぽが、暴力的にぐにゃりぐじゅっとねじ曲がっているのがありありと想像できた。

10年以上も前の話ではある。もちろんぼくは生きている。死んでいない。

気持ちさえ強ければ、願いは届く、呪いだってしっかりかかる。というような言説を信じなくもないが、実際のところはそんなものよりも、あるのかないのかわからないような、ふわふわとした雰囲気や成り行きや運の力のほうが、よほど強力なのだろうと思う。思っている。

じゃなかったらぼくはもうとっくに死んでるに決まってる。ロクな男ではありませんでしたし、これからもロクな男ではありませんから。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

ご支援のお願い

もし当ブログになんらかの価値を感じていただけましたら、以下のいずれかの方法でご支援いただけますと幸いです。

Amazonギフト券で支援する
→送信先 info@tomonishintaku.com

Amazonほしい物リストで支援する

PayPalで支援する(手数料の関係で300円~)

     

ブログ一覧

  • ブログ「むろん、どこにも行きたくない。」

    2007年より開始。実体験に基づいたノンフィクション的なエッセイを執筆。アクセス数も途切れず年々微増。不定期更新。

  • 英語日記ブログ「Really Diary」

    2019年より開始。もともと英語の勉強のために始めたが、今ではすっかり純粋な日記。呆れるほど普通の内容なので、新宅に興味がない人は読んで一切おもしろくない。

  • 音声ブログ「まだ、死んでない。」

    2020年より開始。ロスのホームレスとのアートプロジェクトでYouTubeに動画をアップしたところ、知人にトークが面白いと言われたことをきっかけにスタート。その後、死ぬまで毎日更新することとし、コンテンツ自体を現代アートとして継続中。

  • 読書記録

    2011年より開始。過去十年以上、幅広いジャンルの書籍を年間100冊以上読んでおり、読書家であることをアピールするために記録している。各記事は、自分のための備忘録程度の薄い内容。WEB関連の読書は合同会社シンタクのブログで記録中。

  関連記事

とても金曜日らしい夜の空気

2009/05/15   エッセイ

最近そんなに感じなくなってたけど今日は妙に「あー金曜日だなあ」という感じがする。 ...

怒りについて

2020/07/18   エッセイ, 日常

怒らなくなって久しい。 昔はいろいろあって、しょっちゅう、死ぬほど怒っていた。そ ...

告知:「くたばれ東京藝大」展

2008/03/10   エッセイ

次期個展詳細が決定しました。詳細は下記URL、新宅or樋口のホームページのお知ら ...

最後を知らない。

さるアイドルグループのひとりが18歳で急死したというニュースを見た。だけどすぐに ...

わたしの原田宗典

2013/09/10   日常

きのう付け加えようかと思った話題だが、あまりにも関係ないので今日にした。 さて、 ...

当サイト内の文章・画像等の内容の無断転載及び複製等の行為はご遠慮ください。

Unauthorized copying and replication of the contents of this site, text and images are strictly prohibited. All Rights Reserved.

Copyright © 2012-2024 Shintaku Tomoni. All Rights Reserved.