人生とはままならぬものと見つけたり

  2015/07/03

先日のクチャクチャグァポグァポの件の続き。

棺桶に片足突っ込んでいる人間に文句を言ってもしょうがないので、大人な振る舞いで解決することにした今日の朝。

すなわち、食べる時間を意図的にずらす。大人は不快なことに対して直接訴えない。ただ立ち去るのみである。

祖母はいつも7時30分くらいから朝ごはんを食べる。そして30分はごはんを食べている。そんな情報を母より入手した。

ならば8時からごはんを食べよう。そうすれば、もう不快不愉快な朝ごはんタイムとはおさらばである。

起床。絵を描いて英語の勉強をして、7時30分。それから、ランニングにでかけた。

ランニングは約20分。シャワーを浴びて約10分。ちょうど8時になる。

完璧なタイムスケジュールである。心なしか、ランニングの足取りも軽い。気のせいか、瀬戸内海はいつにも増して穏やかである。

爽やかなハァハァを漏らしながら帰宅した。さて、シャワーを浴びてごはんを……と思っていると、ちょうど祖母がごはんをよそっているところであった。祖母はぼくを見ておはようと笑ったが、ぼくは声を失い引きつった。

祖母の座るテーブルの定位置には、ごはんを待つ味噌汁が湯気をくゆらせていた。それは、あたかも味噌汁がタバコを吸いながら、「悪いな。今日はいまからメシなんだ」と鼻で笑っているかのようであった。

呆然とした。大袈裟だが、膝から崩れ落ちるような気分であった。

先日のブログを読んだ母が、そばで笑っていた。「わたしゃあ、おかしゅうておかしゅうて……。いつもは7時30分ごろからごはん食べようるんじゃけど、おかしいこともあるもんじゃねえ、ああおかしいおかしいげらげらげら」

どうでもいいが、まったく、人生ってのはこういうもんだよなあとつくづく思う。養老孟司が人工と自然の違いは、ああすればこうなるのが人工、ああすればこうならないのが自然と言っていたが、いやいや、人工も十分にああすればこうならない。

「飯のかたいやわいもままならぬ世の中」という言葉があったが、まったくそのとおり、ほんの少しの、簡単なことでさえも、ままならないのが人の一生である。

しかし、このような家族、生まれて始めて接する家族という集団の中で、人はあらゆることを学ぶのだなあとも思う。

喜怒哀楽は言わずもがな、衝突や葛藤、嫌悪や好感、屈辱や感謝など、それはもう、まさしく社会の縮図である。

家族間のルールは家族間でしか通用しないというむきもあろうが、社会に存在する真理は確実に家族間にも存在する。

爆弾も桜の花も同じ重力によって大地に向かって、すなわち地球の中心に向かって落ちてゆく。そういう真理。この地球上に存在する限り逃れることのできない、例外無くすべてを支配する真理。真理とはそういうものである。

たかが咀嚼音と言うことなかれ。たった2人の人間がいれば問題が起こり、争いが起こり、果ては殺し合いに至る。論理の飛躍ではない。少なくともぼくは、ババア殺すぞ……と思ってしまったのだ。キリストの言を待つまでもなく、思うということは現実の実行と大差なく、すでに罪なのだ。

地球上には約70億人の人間がいる。問題が起こらないわけがない。人工70億の自乗の自乗の自乗の自乗の自乗……以下無限に続くほどの問題がそこここに溢れかえっている。

ため息が出る。いや、ため息しか出ない。しかし、家族という集団は、この歳になってさえ、かくもたくさんの学びと気づきを与えてくれる。ありがとう家族。なんて思えるわけがない。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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