ふわふわどすん

  2015/07/03

小説とかドラマとか映画とか、とにかくは架空の物語の登場人物に自らを投影する。

投影して、ああこの人はまさにわたしだとか、いやいやぼくに違いないとか、好き勝手なことを思って、ちょっとだけ、すっとする。つまりカタルシス。

カタルシスとは浄化という意味で、まあ月並みに言えば、いろいろ嫌なことはあるけれど明日からまたがんばろうかという気持ちになることである。

人生にはいろいろ嫌なことがある。いいこともある。誰だっていいことがたくさんあったほうがいいと思うが、しかし、嫌なことだってなかなか味なもの、なんてことは到底思えないが、思うしかなかったりする。

最近やっと、ほとんどの人は、自分の気持ちを言葉でうまく表現できないのだということを知った。そんなこと、当たり前なのかもしれない。いわゆる、もどかしい思い。こう、ああもう、わたしはこんなふうに思っているのに。いっそ自分の胸を切り裂いて、あけっぴろげに、余さず見せてあげたいくらいよ、とか。とにかくは、言葉にならない思いを人は抱えている、らしい。それで、はがゆい思いもする、らしい。自分のつむぐ言葉と、実際の胸の内とのずれに、口惜しく思うもの、らしい。

しかし、少なくともぼくは、巧拙はさておき、自分の気持ちを言葉にできずにじたばたしたことが、ただの一度もない。自分の思うところを、すべて、完全に、言葉にできるし、できていると、思う。

しかし、その能力は、勝手に能力なんて呼ぶが、必ずしもいいものではない。

世の中には、「言葉にならないという言葉」で表現しておいたほうがいいことがある。それを、なまじ言語化の能力があるせいで、唇でも噛んでじっと目を伏せていたりすればいいところを、すべて言語化して相手に余すところなくぶつけてしまう。

それは、完全に正しい——少なくともぼく自身にとっては——言葉なので、唇なんて噛むわけもなく、むしろ舌を出して、言ってやったという満足感のほうがよほど大きい。

完全に正しい表現——繰り返すが、少なくともぼく自身にとっては——それを理解できないのは、相手が悪いのだと、頭が悪いのだと思う。

ぼくの終点はいつも、言いたいことは言った、言葉は尽くした、というところである。

しかし、言葉ですべてが伝わるわけがないのだ。無言の言葉というのもあるし、ただそこにある空気が雄弁に語ることだってある。大いにある。そんなことはわかっている。

いつか、朝日新聞の広告で、こんなのがあった。

「言葉は感情的で、残酷で、ときに無力だ。それでも私たちは信じている、言葉のチカラを。」

ぼくは、言葉の力を信じ過ぎているのだと思う。確かに、いつだって言葉は尽くしてきたが、尽くしても、尽くしても、こぼれてしまうなにかが必ずある。

こぼれてしまったその中に、言葉以上のなにかがあったような気がしてならない。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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