美術家 新宅睦仁のブログ。ほぼエッセイ、ときどき現代の美術とアート。

絵描いて映画みて走って

    2017/08/22

それらしい部屋になってきた。

左下のは80号のキャンバス。100号3枚のつもりが、貧乏根性から、家にあった木枠を活用してしまった次第。

ま、まあ、う、ウォーミングアップ、じゃ。

それはともかく、プロジェクターはすっかり映画のものとなってきつつある。のが2枚目。

大学の時以来の映画ブーム到来の予感。この週末は男はつらいよを2本と「カポーティ」という映画を借りてみた。

カポーティは、ティファニーで朝食をの作者のトルーマンカポーティの伝記みたいなやつで、まあ、なかなかおもしろかった。

ダンサーインザダークばりな絞首刑の場面が出てきて、ああ、そりゃあ、凶悪犯といえども、まさに"死ぬほど"怖いよなと思った。

首に縄をかけられ、黒い袋を頭にかぶせられたときの、ふぅう!ふぅう!ふぅう!という獣じみた荒い呼吸。

頭の中はパニックで張り裂けんばかりだろう。想像するだに恐ろしい。

ちょっと前にある本で、死刑反対派の弁を読んでなるほどと思っていたが、あらためて納得させられた。

娘を殺されたある母親の言葉が出ていた。

確かに犯人は憎いです。しかし、娘の名のもとに殺人が行われることは、娘を永遠に穢してしまうことになる。それはもっと辛いことです。

というようなことを言っていた。

死刑を肯定するのは、往々にして死刑の実態をよく知らない人だという。逆に、死刑のことをよく知れば知るほど、死刑反対派になるという。

なんていうか、正義とか悪とかはよくはわからないが、確かに、自分の愛する人の名のもとにおいて、それが直接であれ間接であれ、殺人が行われるのは悲しいことのような気がする。

それは誰のための殺人なのか。

ぼくを含め、死刑反対と聞くと、おそらくほとんどの日本人は反射的にきれいごとに聞こえてしまう。

しかしそれほど拒絶反応を示してしまうということは、つまり、それについてほとんどまともに考えたことがないということだろうと思う。

といっても、ぼくがもしそのような苦悩に遭遇したときは、やはり同じようにそんな奴は殺してしまえと言うのかもしれない。

しかしそれは、いったい、誰のための、なんのための殺人なのだろう。

新宅 睦仁

1982広島県生/2005九州産業大学卒/2013新宿調理師専門学校卒/現代美術家/ロサンゼルス在住のカトリック。牛丼やカップヌードル、コンビニ弁当等、食物をテーマに作品を制作している。無類の居酒屋好き。

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